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マネジメントの父と呼ばれるP・F・ドラッカーは、「マネジメントとは、事業に命を与えるダイナミックな存在である。彼らのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない」といっています(P・F・ドラッカー「チェンジ・リーダーの条件」)。
一般的に、国際人事マネジメントの成功要因として、いかに現地における気候やインフラ状況などの環境、国民性、文化などに適応したマネジメントを構築することができるのかが挙げられます。
しかし、人事マネジメントを行う上で、変えてはいけない本質があります。それが、「組織とベクトルの合った人材を教育していくこと」です。この本質を変えてしまえば、会社として統一された人事マネジメントができず、国際経営もまた破綻します。
まず、本質的な人事労務マネジメントを考えるにあたっては、人事を4つのテーマ(採用、賃金、評価、教育)に分けて考える必要があります。カンボジアにおける人事マネジメントも、この4つの切り口から見ていくことが有効です。
「企業は人なり」という言葉があるように、人材如何によって、企業の成長が決まると言っても過言ではありません。優秀な人材の確保は、外部から優秀な人材をつれてくる方法と、自社内の人材をいかに教育かにかかります。
採用は、外部からの人材調達であり、賃金、評価、教育システムは、内部の人材育成方法にかかるものです。人事マネジメントのポイントは、教育につなげるための賃金設計、評価制度設計をひとつの人事マネジメント機能として構築することにあります。
まず、会社として統一的な方針を持ち、それに合った行動が出来ているかどうかという評価基準を持つことが必要不可欠となります。全社統一的な人事マネジメント方針を明確に持たないことは、労働問題の解決やそれに必要なカンボジア人との交渉を有利に進めることが困難になる恐れがあります。
全社として統一的な方針を定めた上で評価を行い、出した評価結果は必ず社員にフィードバックすることが重要です。「当社は○○を評価する会社です。しかしあなたは○○が××の分だけ足りない。だからあなたの評価は△△です。」というように評価結果のフィードバックは、会社の方向性を示すことで、「優秀な人材の定義」を会社として示すことを意味します。
フィードバックに際しては、計量化して具体的に明示できるようにしておくことが必要です。「何が、どれだけ足りないのか?」を会社として社員に明示できることが望ましいと言えます。このフィードバック機能が十分でないとカンボジア人からの賃金アップの交渉に対応ができません。
評価制度の構築は、第一に、会社としてどのような人材が評価されるのか、という優秀な人材の定義づけを明確化することから始まります。「どのような人材を理想とするのか」を決めることが、組織における評価や採用、そして教育までの全ての方向性を決めることになるのです。そして、この方向性は、実際の人事に反映されることにより、社員に浸透が図られるのです。
また、一貫性と透明性のある評価制度が導入されることにより、社員への納得性を高め、会社が優秀と見做す社員の定着率の向上にもつながります。社員に甘い評価制度は、全体の社員定着率を高めることは可能になりますが、必ずしも、会社が欲する社員の定着が図られるわけではありません。会社が優秀と見做さない社員の定着率の高さは、逆に、優秀な社員の採用を阻害する要因にもなります。
カンボジアにおいては職務に必要な知識・技術の習得は個人責任であるというような考え方があります。社員は、職務を全うするために求められ、そしてそれが自己の成長や評価につながる知識・技術であると認識できれば、意欲をもって取り組みます。
しかし、職務が明確に区分され自己の役割も明らかな場合、日本におけるマネジメントのように「背中を見せる」だけでは、求める方向へ対して行動を起こすことはありません。
特にカンボジアでは個人プレーが中心で、「チームワーク」や「忠誠心」のように成果の見えづらい活動を求める場合はなおさらです。日本人がカンボジア人を動かすうえで最も苦労するのが、チームプレーをさせることです。行動することで得られる利益を明確にして説き続けることが要求されます。
例えば、カンボジアや日本をはじめ約80ヵ国に事業所を持つP&Gでは「世界の人々のよりよい暮らしのために」という企業理念を持ち活動していきます。これは国や地域が変わっても普遍的なものです。国や文化によってよりよい暮らしの定義が変わるため、販売などの戦略は変化しますが、よりよい暮らしを目指すことには変わりはなく、会社のビジョンや戦略に基づいて統一された人材の育成や採用・評価が行われています。
カンボジアは、日系企業にとって魅力的な市場であり、進出することの意義は非常に強く感じることができる国だと言われています。しかし単に自社が進出して収益を上げるだけではなく、日系企業が進出することにより、カンボジアに何をもたらしたいのか等の社会的意義を現地のスタッフに伝える必要があります。
会社が本国の利益のためだけに活動をしていたとすれば、現地の社員にとって働く目的はお金を稼ぐため、家族のためだけになってしまいます。特にカンボジア人は家族を大切にしているので、時として、仕事を家族より優先できる日本人とは価値観が大きく異なります。家族を大切にすることは良いことですが、家族や親族が病気になったとの理由で重要な仕事を放置して、簡単に休みを取ることが往々にしてあります。
カンボジア人の考え方を正しく理解したうえで付き合わないと、日本人のフラストレーションはつのるばかりです。
カンボジアにおいて企業の社会的意義、経営理念を浸透させる日本で行う以上に大変なことですが、良い企業を作るためには、不可欠なことです。
カンボジアにおける採用実務
カンボジアにおける採用フロー |
日系企業がカンボジアに会社を設立した後、活動規模に応じて、現地労働者を募集する必要が出てきます。
カンボジアにおいて現地スタッフの募集を行う場合には、日本と同様に募集要項を掲示し、書類選考や面接を経て採用を行います。カンボジアでもインターネットの普及によりホームページやFacebookからの募集も行われています。
また、人材紹介会社による募集活動も盛んです。カンボジアで募集要項を掲示する際の注意点としては、カンボジアでは日本よりも欧米のように職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)で職務範囲を比較的明確に規定していることが多くあります。
職務範囲は採用後にも大きく関わってきます。職務範囲の明確に定めることは良い面と悪い面があります。良い面としては、与えられた自分の仕事において、責任をもって取り組みやすくなります。
一方悪い面としては、2点あります。1点目は、与えられた仕事にしか取り組まないということが起きます。たとえば、工場でも、ジョブ・ディスクリプションに記載されていない掃除は、清掃のために雇われた人の仕事であり、自分の作業場の近くにゴミが落ちていても、拾わないことが多くあります。また、後述する日本企業が得意とするカイゼンや5Sにも関わってきます。
2点目は、自分の仕事に対して責任を取ろうという姿勢から、その場で自分が対応できないであろう仕事に対しても、「Yes, no problem.」という返答をすることがあります。これには注意が必要です。カンボジア人は、基本的にYesと返事をする習慣があることを覚えておかなければなりません。
もちろん、ケースによって異なりますが、「Yes, no problem.」と言った場合でも、実は後で知り合いに聞く、後で調べることで対応をする、あるいは放置するケースもあります。まだやっていない仕事に対して、「I have already done.」と答えるケースですらあります。
日本人も「はい。わかりました。」というイエスマンが多いとよく言われますが、日本人の場合は言い方や表情で自信がないことが分かることもありますが、カンボジア人は自信をもって言うので、判断がつかないことが多いといえます。I know. No problem.は、「やってみます」くらいの意味で捉えたほうが無難かもしれません。
書類選考や面接などの際には、語学能力について確認することも必要です。募集をする現地労働者について、英語など一定の語学の習得を必要としている場合には、面接や筆記試験の実施などで、その能力を確かめることが必要です。
【カンボジアにおける採用プロセス】
書類選考や面接を経て、応募者に内定を出す際には、内定通知書を提示します。内定通知書の提示までに、給与や手当などの諸条件について話し合いが行われることが一般的です。次に、応募者が入社の意思を示した場合には、職務明細書(Job Discription)の提示、雇用契約書(Employment Contract)の締結、就業規則の確認を行います。
また、カンボジアでは労働者の保護が強い傾向にあり、労働法(Labor Law)で解雇について規定されています。そのため、労働者の雇用にあたっては、試用期間が唯一無条件で雇用を終了できる帰化何位なりますので、試用期間を十分に活用して雇用のミスマッチを防ぐことが大切です。
試用期間は、労働法により正規の従業員は3ヵ月、専門性のある労働者は2ヵ月、専門性のない労働者は1ヵ月を超えることができないと規定されています。
試用期間が終了し、本採用をする場合には、事前に本採用決定通知書を明示することが望ましく、同様に不採用の場合には、その旨事前に通知し、トラブルを防ぐことが大切です。
カンボジアの就業規則 |
日本では10名以上の労働者を雇用している事業所の場合、労働条件や服務規定など会社と従業員の決まり事を就業規則によって明文化することが義務化されており、会社は就業規則を労働基準監督署に届出をすることになります(労働基準法第89条)。
カンボジアでは、就業規則は労働法によって規定され、8人以上を雇用しているすべての事業所は、給与や休暇、その他を定めた就業規則を作成しなければなりません。8人未満の労働者を雇用している場合でも就業規則の作成は可能です。
なお、実務上、就業規則は「Internal Regulation」の名称で作成するケースが多いといえます。
就業規則は、作成しただけでは効力は無く、労働職業訓練省(Ministry of Labor and Vocational Training)より承認を受けなければなりません。労働法と矛盾する内容や不利な内容は受理されず、仮に承認を受けたとしても無効とされます。
カンボジアにおいて就業規則/服務規程等の作成内容を検討する際には、下記について把握し、方針を定めておく必要があります。下記の表を参考にして、事前の検討に検討をしておくことで、作成時にスムーズに規定することができます。
■検討事項
<労働条件>
・始業/終業の時刻
・時間外手当
・雇用形態の種類(無期雇用/有期雇用)
・休暇(有給、傷病、当別休暇等)の設定(最低日数/繰越日数)
・傷病による給与保証期間
・女性の労働条件
・試用期間の設定(期間/給与/保険等)
・解雇の際の事前通知の設定
・給与の手当構成
・給与支払方法
・賞与や退職金の有無
・その他福利厚生
・定年
<その他服務的事項>
・採用に関するルール
・副業の制限
・経費精算等費用負担の取扱/上限
・機密保持
・退職後の守秘義務
・退職後の同業への入社禁止/同僚の勧誘の禁止
就業カレンダーや休日、有給休暇の管理をする際には、日本とカンボジアの違いに留意する必要があります。カンボジアでは、労働法で週の法定労働時間が48時間であり、特に製造業では、土曜日も営業日であることも多くあります。
そのため、有給休暇や傷病休暇の取得率は日本と比較すると高い傾向にあります。日本人の場合、企業の繁忙期や突発的な顧客対応が必要な場合には、有休などの取得時期をずらすなど、組織優先した行動をとるのが一般的ですが、カンボジア人の場合、家族や宗教の行事となれば、会社の状況に関わらず優先する、ということも多々あります。日系企業でも週6日勤務にして、必要な労働日数を確保している企業もみられます。カンボジア人を管理する日本人駐在員の方は、日々の労務管理においても、このような現地の雇用慣行などに注意をする必要があります。
カンボジアの雇用契約書 |
前述の通り、カンボジアで就業規則の作成と申請が義務付けられているのは、原則として8名以上の労働者を雇用する企業のみです。
雇用契約書に記載する項目のサンプルとしては、下記が挙げられます。
【雇用契約書の規定項目例】
- 採用条件
- 採用前手続き
- 労働者の身上(住所、家庭)について変更があった場合の手続き方法
- 訓練に関する規定
- 試用期間に関する規定
- 業務方法
- 採用時の健康診断に関する規定
- 採用後の健康診断に関する規定
- 深夜労働と時間外労働に規定
- 休日に関する規定
- 年間休日、祝日の休み、特別休暇に関する規定
- 女性労働者の出産休暇に関する規定
- 傷病休暇に関する規定
- 労働災害での休業に関する規定
- 給与、賞与、その他の手当の決定
- 給与の支払い
- 給与の減額
- 欠勤に関する規定
- 正式な許可のある休暇に関する規定
- 休暇許可のない欠勤に関する規定
- 勤務中の備品などの利用に関する規定
- 企業・機関の建物、場所の利用に関する規定
- 企業内の出入り
- 規則違反あるいは重大な違反行為を犯した場合の労働者への処罰
- 処罰に当たる前の労働者の権利
- 業務上の衛生、安全に関する命令および対策
- 上記の命令、対策を守るための労働者の順守義務
- 業務によるノイローゼおよび労働災害の予防
カンボジアで労働者を雇用する場合には、上記の事項等が記載された雇用契約書を各個人と締結します。カンボジアは契約社会ですので、就業規則/服務規程に規定する事業所全体のルールの中で、特に重要な箇所については個別の雇用契約書にも同様の内容を盛り込むのが慣行になっています。労働者の就労に関わる大変重要な事項であり、会社を守るためのものにもなるので、事前に十分な準備と検討を重ねて雇用契約書を作成することが必要です。
カンボジアにおける賃金制度
採用後、社員が自社の中で成長をしていくためには、賃金、評価、教育が一体となった制度づくりが重要です。その中で賃金制度には、企業が求める人物像を明示する重要な役割があります。大切なことは、賃金の分配の仕方に、会社としてのメッセージが込められているかということです。
長期的に成長している企業は、必ず会社の理念を共有し、それを実践できる社員を評価しています。短期的には売上や業績に貢献しても、長期的組織の成長を阻み、または混乱させる人には特に注意が必要です。そこで分配と処遇を「禄と格」という考えに基づいて行うことが有効です。
人のマネジメント手法や組織論は、戦時中にどのように人を動かし、そして勝利を手にするのかを論じたことから発展した学問です。
戦で同じように成果を上げても、優秀な管理者としての能力を持たない者には「禄」のみが与えられ、管理者としての能力の高い者には、軍隊を動かすための「格」が与えられました。
この考え方は、現代における評価制度においても同様に使用することができます。給与の分配は評価制度における短期的な目的なため、一定の期間の売上や利益への貢献で分配額を決定します。これは一定期間の業績に対する貢献を「禄=賞与や業績給」という形で反映させます。
これに対して、重要なのは「格=役職や基本給」をどのように決定するかです。短期的な貢献ではなく長期的な会社への貢献ができる人材であり、組織を作り、部下や周囲を巻き込んで会社を成長させることができる人材こそを重要なポジションに置くべきです。
「格」とは、昇給や昇進を意味します。「格」の決定の際に、どのような人材を評価するかは、会社としてどのような人材を優秀な人材と定義しているのかを会社全体に示す役割もあります。個人志向の強いカンボジアでは、とかく成果主義で評価しがちですが、長期的な観点からは、これだけでは不十分です。
カンボジアでは、企業理念を浸透させ、会社に対する忠誠心を育てることが非常に難しい国ですが、志向性評価制度として成果主義を補完する仕組みづくりをすることが、長期的な売上・利益を生み出し、成長性の高い企業を成長していくポイントになるといえます。
次に、具体的な給与や賞与への分配ついて考えます。
カンボジアにおいても、基本給の他に、通勤手当、皆勤手当、健康手当、賞与、その他会社独自の手当等があります。
賞与の支給額は、1ヶ月分が一般的ですが、業績連動型としている企業もあります。
これらの給与・手当は、長期的な賃金と短期的な賃金に分けて考えることができます。
長期的な賃金 | 基本給、各種手当 |
短期的な賃金 | 固定賞与、業績連動型賞与 |
短期的な業績を図る評価項目による評価点数は、業績連動賞与等により大きなウェイトで支給し、長期的な評価項目による評価点数は、基本給や役職手当に大きなウェイトで支給することが重要になります。また、役職への登用も、長期的な評価項目による評価点のウェイトを大きくします。
例えば、短期的な評価が高く長期的な評価項目が低いAさんと、短期的な評価が低く、長期的な評価が高いBさんの分配の例を考えてみましょう。
このような場合、Aさんは業績連動賞与が多く支給されますが、基本給のアップや役職への登用もあまり行わず、役職手当も上がりません。
一方のBさんは、業績連動賞与はAさんと比較すると低い金額となりますが、基本給を上げ、役職に登用し、役職手当を上げます。このように、長期的に会社がどのような人物を求めているのかを明確にし、賃金の分配もその方針に沿って分配することで、統一されたメッセージを発信していくことができるのです。
カンボジアにおける人事評価制度
カンボジアにおける評価制度の問題点 |
これまで中国をはじめとする新興国において、日系企業がとってきたビジネスモデルは、新興国の安い労働力を活用してモノを作り、日本など先進国の市場に輸出することが中心でした。そのため、中国で製造する製品は、日本で製造していたものと同じ品質のものが安く製造できればよかったのです。
しかし、2008年以降中国が輸出型から内需振興型に転換したことや所得が上昇してきたことをきっかけとして、日系企業が新興国をマーケットとして見る動きが加速しました。
カンボジアに進出する日系企業も、その多くは日本や他のアジア諸国への輸出品の製造を目的とした進出です。そのため、安価な労働力を確保し、これまでと同様に日系企業としての品質を保ちながら、製造コストを下げる必要があります。
日系企業がカンボジアで成功するためには、カンボジアの内需にも目を向けていかなければなりません。カンボジアの市場はまだ大きいとはいえず、工業部品等の需要は低く、日用品などの完成品の需要が高くなっています。これらの完成品をカンボジアの市場に合わせながら、日系企業としての差別化をいかに図っていくかにあります。また、それを支える人事制度をいかに機能させるかがポイントになります。
人事制度の構築の影響は、企業の賃金にも及びます。人事制度を構築するうえでは、優秀な人材ほどキャリアアップを求めて絶えずより良い条件の職場へと転職するという日本の終身雇用的キャリアプランの考え方との違いに注意をする必要があります。
カンボジア人はもともとジョブホッパーと言われるように転職率の高く、より高収入を目指す人達が比較的多くいます。そのため、人材の定着を図るために、賃金を上げて対応している企業も多いのが現状です。
また、カンボジアでは1月の評価替えが一般的ですが、同じ時期に評価替えを行うと、結託して団体交渉をされる可能性があります。そこで、対策としては、社員ごとに入社から1年おきのタイミングで評価替えを行うなど、一律の時期の評価替えをせず、団体交渉を避けることなどが挙げられます。
さらに、日本とカンボジアにおける根本的な人事評価制度の違いも、賃金の上昇に影響があります。
そもそも日本における評価制度は上司が部下を評価し、社員はその評価に従うことが一般的です。「あなたの評価は○○です。したがってあなたの給料は○○になります。」というように、部下をどう評価するかは上司の判断によるところが多く、また部下もその評価結果に黙って従うことがほとんどです。
一方カンボジアでは、評価が納得いかなければ、労働者が自己評価をもとに会社に交渉してくることが一般的です。つまり「自分は今期これだけのことをやった、だから給料は○○にして欲しい」というように、労働者が会社に対してかなり積極的にアピールします。昇給基準についても、年功序列と能力評価や実績評価の両方の視点から考えます。
もともとカンボジア人は自己主張が強く、これに対して日本人は、国際社会の中での外交力の低さを見てもわかるように、基本的に交渉事が苦手とする国民性があります。
古くから「上」が決めたことに従うという歴史の中で生きてきたことの影響もあり、交渉に慣れていないのかもしれません。カンボジア人の自己評価は多くの場合過大評価となっていますが、日本企業はカンボジア人からの強烈な交渉に折れ、結果としてカンボジア人が主張するままに高い賃金、昇給率を余儀なくされているケースも見受けられます。
このように日本企業の場合、カンボジアの経済的背景以上にこうした両国の人事評価制度の違いが賃金を上昇させる最大の要因となっています。
日本の労務管理とカンボジア労働者の特徴 |
カンボジアでの評価制度を構築するに当たり、まず、日本の人事評価制度の変遷を見てみましょう。日本においては、バブル崩壊までは、終身雇用・年功序列とともに学歴主義がありました。これは、モノが売れる時代であり、個人の能力より、組織の能力で会社の業績が決まった時代です。
そのため、会社が求めるものは、何か特別に対処しなければならない事象が発生したときの問題解決能力を有する人が重要視され、普段の経営成績を測定する意義は乏しかったと言えます。この問題解決能力は、人間の根本的な能力ですが、これを測定することは非常に困難であり、結果として学歴という目に見える指標が重視されました。
バブル崩壊後、特に1995年以降、長期にわたる不況の影響を受けた日本では、個人の業績が重要視されることとなり、結果として成果主義を取り入れた企業が多くなりました。
しかし、一方、成果主義の弊害として、既存事業と比べ成果の出にくい新規事業にかかわる社員に対する公平性の問題や、短期的思考に陥りがちになるなどの問題が発生しました。このため現在では成果主義を廃止する企業も多くなりました。
早くから成果主義を導入した企業として有名な富士通でもこうした問題が出たことで成果主義を廃止しています。
そうした中、成果を生み出す原因、すなわち「行動(プロセス)」に着目する企業も増えてきました。コンピテンシー・モデルに代表されるような「行動」自体を評価対象として取り入れるものです。
これは良い「行動(プロセス)」が良い「成果」を生むというという考えに基づくものです。成果と行動(プロセス)には、因果関係があります。成果は、外的要因、内的要因によってもたらされますが、我々が変化させられるのは内的要因だけです。内的要因は、我々の行動(プロセス)を変化させることによって変えることができます。つまり、結果を変えるには、行動を変えることが重要となるのです。
このように考えれば、行動の変化に着目したコンピテンシー・モデルは、結果ではなく、原因に着目したものであり、非常にすぐれた側面を持っていると言えます。
しかし、多くの企業ではプロセス評価もまた、機能させることが困難でした。理由としては、業務プロセスは部門ごとに異なり、あるべき行動を定義することが難しいだけでなく、測定もまた恣意性が介入します。さらに、良い結果を出すべき行動を網羅することも困難なものです。結果としてコンピテンシー・モデルは複雑化し、運用段階で失敗するケースが多く見受けられます。
あるべき人材としてのビジョンを共有し、それを実現させることを、評価制度の本質と考えれば、成果のみを評価するような成果主義や、行動のみを評価するコンピテンシー・モデルも、本来の評価制度の目的には合致していないといえます。
評価制度のポイント |
評価制度を構築するためには、次の3つを決めることが重要です。
① 「評価対象」(何を評価するのか・・・成果、行動、考え方、能力etc)の決定
② 「測定方法」(どのように評価するのか・・・インタビュー、質問紙etc)の決定
③ 「分配」(評価結果・・・給与・賞与への反映・昇進etc)の決定
「評価対象」の決定とは、「何を評価するのか」を決めることです。
3項目のうち、評価の対象を決定することが、最も重要なポイントとなります。何を評価するかの定義付けは、社員が成長すべき方向性を示し、ビジョン達成のために会社が求めている人物像を明確にすることになるからです。
また、評価には客観性が求められるため、客観的に測定しやすい評価対象、つまり、定量化できるものが評価対象として選択され、定性目標がおざなりになってしまうケースが往々にしてあります。定量的な指標と定性的な指標の両方の視点から評価をしていくことが大切です。
「測定方法の決定」とは、「評価対象を誰がどのように評価するのか?」を決めることです。通常、評価を行うのは上司です。上司からの評価のみでは、評価が主観的になされる傾向があり、360度評価など上司以外の視点を取り入れる企業も増えています。自分自身の認識と上司との認識の違いを明らかにし、今後の変化を生みだすために、自己評価を導入することも有効です。
特に、評価制度を人材育成に活用する際には、自己評価の導入をするケースが多くあります。
最後に、「分配の決定」とは、「成果をどれくらい社員へ分配するのか」を決定することです。会社レベルでは、全体賃金管理として労働分配率の目標値を決めることであり、個人レベルでは、評価を給与等へどれくらい反映させるかを決めることです。また、前述のように給与の各手当や賞与などの分配に、意味合いを持たせることも大切です。
このように「評価対象」「測定方法」「分配方法」の三つを決定することが、評価制度を構築する上での基本となります。その中でも「評価対象」は、会社の「求める人物像」社員に伝えるメッセージとなるため、特に重要となります。
通常、評価制度には主に2つの目的があります。
第一は「分配」、つまり賃金を決定することです。評価を行うことで社員に対し給与をいくら払うのかを決定することで、一般的にこれが主たる目的と考えられています。評価結果に基づき給与を決定することは、組織全体でみれば利益の分配となります。これは社員の毎年の処遇として明確になるので、短期的にみて必要不可欠な目的です。
第二に、会社として優秀な人材の定義を行い、それを社員に知らしめることです。これは、評価の目的として忘れられがちですが、長期的観点からは、非常に重要なものです。これは、「昇進」を決定する基礎になる概念です。会社にとって必要な人材に対して役職を与え昇進させることは、会社の求める人物像を社員に知らしめる役割があります。
カンボジア人は、日本人以上にポジションにこだわります。高いポジションにつけば、次の転職にも非常に有利になるためです。社員の離職率を抑えるためにポジションを与えることは重要ですが、安易な昇進の決定は、組織の混乱を招きます。
会社の定義する優秀な人材との違いを評価結果として社員にフィードバックすることで、社員の改善を促し、社員の育成を行うものともなることから、長期的な視点では、この第二の目的がより重要なもので、教育制度とリンクさせて考えるべきものと言えます。
第一の目的である分配の決定は、第二の目的である昇進する優秀な人材の定義があってはじめて公正な決定ができるとも考えられます。つまり、評価制度の構築の本質とは、「組織の理想とする人物像を制度に反映させ、維持すること」なのです。
優秀な人材の定義づけが正しくできれば、海外法人で人を採用する際の基準にもなります。また、人事評価制度や教育にも会社の定義する優秀な人材の人物像を反映させることにより、透明性の高い組織の構築が可能となります。これにより、現地スタッフの給与の上昇や社員の定着率によるトラブルを防ぐことができるのです。
カンボジアにおける成果主義による評価 |
現在、カンボジアにおける人事評価は年功制度が中心です。カンボジア人は、会社の業績に関わらず給与は毎年上がるものだと考えています。特に、最低賃金が10年で3.5倍に上昇し、社会保険も全額会社負担になり、給与は会社から与えられるものという考え方が非常に強くあります。また、カンボジアでは転職により給与を上げていくという習慣があり、長期的な目標を設定しにくいという特徴もあります。そのため、個人の短期的で明確な目標に基づいた成果や行動を評価していくことが有効です。この時の評価項目は、定量化できる指標で行うことが大切です。自分の評価結果がなぜそうなったのかという根拠を示すことが、過剰な賃金交渉から会社を守る手段にもなります。
例えば当社では、国際事業におけるサービスにおいて、「スピード&クオリティ」を掲げています。そこで、個人の成果を評価する指標の一つとして、スピードを用いています。たとえば、当社が提供する会計サービスでは、月次決算資料を5日で提出することを目標設定していますので、これが達成できたかどうかを、評価対象の一つとしています。
カンボジア人は時間感覚がルーズで、約束を守れなくても言い訳をすれば済むという人が多くいます。そのため、定量的評価を行わないと、「納期に間に合わなくてもいずれ出来るから問題ないだろう」という意識になりがちです。
明確な目標による評価の注意点としては、必ず結果に基づき評価することで、決して期待では評価してはいけいない、ということです。日本のマネージャーが犯してしまうミスとして、期待で評価して給料を上げてしまうことがよくあります。
しかし、カンボジア人からすると、給料を上げることは、自分の成果が承認された、認められたと捉えます。つまり、カンボジア人は、「自分のパフォーマンスが認められた」と感じ、行動を変えようとはしません。悪い部分があるのなら明確にフィードバックする必要があります。以心伝心などありえません。
成果の項目については結果で評価すると同時に、従業員の要求が自分の評価よりも高い場合には、次回の評価に際して、明確な目標を条件とすることが有効です。
たとえば、現在の給与が500ドル/月であるカンボジア人スタッフに対して、会社としては530ドル/月までの昇給を考えているが、本人は、550ドル/月を要求してきた場合、「550ドル/月にするためには、○○をしてください。○○ができたら、550ドル/月にします」と具体的な目標管理、会社としてほしい成果、行動と結びつけことで、評価の納得性を持たせることができます。
また、このような短期的な成果による昇給は、業績手当などで支給するのがより望ましいといえます。
なお、成果主義だけで評価を行うと、ジョブ・ホッピングを招きやすく、お金だけでのつながりになりやすくなる傾向がでます。日系企業としての差別化を図っていくためには、日系企業としての経営理念の追求が必要です。そのためには、経営理念を促進するための制度づくりが必要です。
日本の企業は職務範囲があいまいであることが特徴として挙げられます。チームビルディングにおいては、あいまいさが重要な要因となります。日本では自分の職務範囲を自ら大きくし、責任範囲を広げられる人が評価され、マネージャーになる傾向にあります。
日本の企業に見られる職務範囲のあいまいさを保ち、カンボジア人に広い職務範囲での仕事をしてもらうためには、なぜそのようなあいまいさや広い職務範囲が大切なのかを十分に説明することが大切です。
日本人のマネージャーが、評価の際にカンボジア人に対して明確に出来ていないところを伝えないために、カンボジア人が不満を持つケースもあります。評価のフィードバックには、客観的な指標が重要になるため、360度評価を導入し、マネージャーから見えない情報を入手することも有効です。
360度評価制度では、通常の評価者である上司の他に、同僚からの評価と自己評価をします。カンボジア人は日本人と異なり、自分に対しては、非常に甘く評価しますが、他人に対しては厳しい目を持っています。360度評価では、日本人が気づかないポイント知ることができる手法と言えます。
自己評価と上司や同僚からの評価の違いを明確に示し、客観的な指標で評価することで、評価の透明性と納得性を保つことができます。
指向性評価 |
教育システムを構築するために重要な役割を果たす評価制度についてみていきます。現在まで企業で採用されてきた評価制度は、能力、成果や行動など、その時々の経営環境や情勢の変化に応じて変化をしてきました。
しかし、評価が本来もつ意味からすると、市場や情勢の変化に応じて、分配の量は変化したとしても、長期的な観点から会社として評価すべき人は、変わらないはずです。
人間の行動は、その考え方、つまり、「志向」に依存します。どのような行動をするかは、どのような考え方(志向性)をしているのかによって決まります。志向性が正しければ、目的にあった行動が取れます。この発想からすると、行動自体を規定する必要はなく、その原因となる志向性が正しければ、経営環境に応じて最適な行動をとることができるはずです。これは、コンピテンシー・モデルの弱点を補う考え方といえます。カンボジアで日系企業が差別化を図っていくためには、志向性評価を導入することが有効と言えるでしょう。
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授は「組織の成長循環モデル」を提唱し、人の考え方を変化させるためには信頼関係の構築が重要で、お互いの関係構築のためには、コミュニケーションを変化させることが必要であると述べています。
良い結果を出すためには、行動を変化させることが必要です。良い行動をするためには、その行動をとろうとする意識、考え方自体を変化させなくてはなりません。何を意識するかによって、その行動が異なるからです。
そして意識を変化させるためには、お互いの信頼関係を変化させなくてはなりません。何を言われるかではなく、誰から言われるかによって人間の行動は変化します。信頼関係のない人から言われても、素直に従うことはありません。社員の意識を変化させるためには、まずは、信頼関係の変化に着目する必要があります。
信頼関係の形成は、やがて意識、行動そして結果の変化へとつながっていきます。そして良い結果は、さらに良い関係を生み、プラスの成長循環が起こるのです。
我々が今まで志向性評価制度の導入・運用のサポートを行ってきた中で、既に過去において評価制度を見直した会社も「思うように人材が成長しない」という問題に直面していることが多くありました。それは評価制度の整備はできているものの、運用がうまくいっていないことが主たる原因でした。
評価制度は整備するよりも運用することの方がはるかに難しいと言えます。
多くの会社では既に、評価項目のなかに志向性にあたる定性目標が取り入れられています。しかし、定性目標よりも定量目標に偏重されがちです。これは、評価制度では客観性が重要視されるため、計量的に測定することが困難な定性目標は、評価対象として軽視される傾向にあります。
さらに評価者に定性目標で管理・評価を行う能力が乏しいことが、評価者自身が、定性目標の意義を十分理解していないことが原因で、定性目標を正しく評価し、社員にフィードバックすることが出来ないケースもあります。
結果として、評価が教育と結びつかず、賃金を決定するためだけに用いられる傾向が強くなったのです。
これはカンボジアにおける評価についても同様のことが言えます。カンボジアに進出した日系企業では、日本におけるミドルマネジメント層がカンボジアのマネージング・ダイレクターとして、現地スタッフをマネジメントし、経営をしていきます。日本では、いわゆる中間管理職であった人が、現地では、トップマネジメントを行わなければなりません。日本の親会社と、そもそもの視点の違いや温度差が生じてしまう恐れもあります。
特にカンボジアの現地法人では、日本の親会社と同様の方法で評価が行われる傾向があります。結果として人材育成機能を持たない評価方法に陥っているケースが多数見受けられます。
長期的に成長している企業は、必ず会社の理念を共有し、それを実践できる社員を評価しています。短期的には売上を上げるが、組織の成長を阻み、また混乱させる人には特に注意が必要です。
コラム:カンボジアと5S |
カンボジアにおいて、5Sを日本と同じように導入すべきでしょうか?
これは、日本人駐在員の考え方により大きく分かれます。
第一は、「郷に入っては郷に従え」という考えで、カンボジア流の考えで企業経営をする駐在員です。この場合、現地の社員からは、親しみやすく、抵抗なく受け入れられるものとなります。しかし、問題は、品質です。カンボジア流のやり方は、所詮、カンボジアのローカル企業と同じ品質の製品しか作ることができなくなる可能性があります。日系企業としての競争力は、あくまでも高い品質です。その品質は、5Sに代表されるような、現場での継続的改善活動です。カンボジア流は、日系企業の強みをなくす恐れがあります。
第二は、日本流のやり方をカンボジアにおいても徹底して貫き通す駐在員です。この場合、現地の社員との対立、抵抗を招く恐れがあります。
しかし、日系企業が競争力を高めていくためには、品質の向上が必須であり、そのためには、5Sは大切にしなければいけない要因のはずです。5Sについては、まずその認識の違いを共有することから始める必要があります。特に地方出身のカンボジア人は、日々の生活環境も日本人からすると少し汚いと感じるような環境で育ってきたことが多く、それが当たり前のようになっています。
そのため、日本人が5Sを指摘し、改善するように求めても、カンボジア人からすれば「別に汚くないのに、なぜこれ以上きれいにしなければならないのか」と感じることもあります。まずは、5Sをすることで製品の品質にどうかかわってくるのかを日本人が率先して示すことが必要といえるでしょう。
日系企業の強みは何か、日本的経営とは何かを継続的にカンボジア人社員に説明し、日本流の考え方を浸透させることが、業績にも大きく反映すると言えます。
日本流を徹底しつつも、カンボジア流を組み込んでいる企業の業績が高くなっている傾向があります。日系企業として競争力を持ち、成功できるかどうかは、日本人駐在員の考え方にかかっているのです。
カンボジアにおける人材育成制度
カンボジアにおける人材育成 |
前述の5Sなど企業が大切だと考えることを社員も同様に大切だと考えるようにするには、企業理念・哲学を社員と共有し、行動や結果につなげる必要があります。そして、評価制度と結びつけ、5Sを徹底することで、本人にどんなメリットがあるのかについて説明をします。評価制度で5Sについての項目を設け、その志向性を図っていくことも有効です。
志向性評価では、社員の目標設定や仕事に対する考え方が、会社の目指しているもの一致を評価すること意味します。従って、志向性が高いことは、会社の目指しているものと同じ考えのもと行動することにつながります。志向性評価のメリットは、どんな部門でも導入可能であること、そして会社が必要とする人材の育成に結びつけることができるということです。
これまで多くの企業では成果を求めるあまり、結果にウェイトを置いて評価がなされました。その結果、評価の二つの目的のうち賃金の分配ばかりがフォーカスされてきたのです。
しかし、成果や結果ばかりに着目しても組織の成長には繋がりません。組織の成長のためには、原因となる社員の考え方に着目しなくてはなりません。評価結果のフィードバックは、社員とのコミュニケーションであり、教育機能を持ちます。これにより、社員と企業との間で価値共有ができるようになり、結果として組織力の向上を図ることができます。
では、志向性評価を実施した後に、どのような教育をしていく必要があるのでしょうか。カンボジア人の多くは、働く目的を、「家族のため」と考えています。しかし、日系企業がカンボジアで製品、サービスの質を保つためには、社員の働く目的を「顧客のため」とする必要があります。
志向性評価では、顧客に何を与えるのかという理念やビジョンがどの程度共有されているのかを「見える化」し、評価の客観性を高めるため360度評価と教育機能を兼ね備えたフィードバックを組み合わせて行います。
会社は顧客や社会に対して、何かを与える=Giveすることを目的として企業活動を行っています。これは、会社の経営理念に反映されます。その結果、対価として利益を得ています。企業の社会的役割を考えれば、企業は、利益を得ることが目的ではなく、社会に対して価値を提供すること、つまり、経営理念の実現こそが本来の目的のはずです。
しかし、製品やサービスの提供を通じての価値の提供は、目に見えないものであるため、目的がどの程度達成されたのか直接測定することができません。そのため、価値提供したことの対価としての成果である利益は客観的なものとして測定可能となります。
価値提供とその対価は、本来、等価交換と考えられるため、究極的には、社会に対する価値提供の大きさは、対価によって測定することが可能です。
成果主義とは、対価を測定し、評価に結び付けた発想と考えられます。これに対してコンピテンシー・モデルは、いかなる行動をすべきか、つまり企業の中のベスト・プラクティスを定めその実践度合によって評価を行うものです。
成果主義とコンピテンシー・モデルの最大の違いは、成果主義は「結果」を評価するものに対して、コンピテンシー・モデルは、「原因」となる行動を評価するものであるということです。ただし、コンピテンシー・モデルの最大の問題点は、ベスト・プラクティスそのものが職種により多岐にわたり、細かく規定することが非常に複雑かつ困難なことです。
そこで、志向性評価では、本来の目的である会社の経営理念・ビジョンと社員の働く目的をすり合わせに主眼を置いています。行動そのものを規定するのではなく、考え方の共有を行うことによって、状況に応じて社員は、自らベスト・プラクティスは何かを判断できるようになります。
コンピテンシー・モデルと志向性評価は、同じ原因を評価するものです。しかし、行動は志向性に影響されるため、望まれる行動を実践するためには、望まれる志向性が必要になります。
この志向性評価は、コミュニケーションをとりながら評価と教育(フィードバック)を合わせて行うことができるため、目標管理制度(MBO)とリンクさせることが可能となります。目標管理は、P・F・ドラッカーが「学習する組織」を作る手法として提唱したものです。目標管理は日本でも多くの企業が導入しましたが、運用に失敗しているところが多く見受けられます。
その最大の理由は、目標管理を評価、査定を直接結びつけたためです。評価と結び付ければ、評価の客観性が要求されるため、目標管理が行動の管理だけでなく、結果の管理にも利用されました。
しかし、目標管理の最大の目的は、「学習する組織」を作ることであり、そのためには会社の理念・ビジョンを明確化し、社員とのコミュニケーションを通じて、自らあるべき行動をとれるようにすることです。
その意味で、志向性評価主義は、P・F・ドラッカーが提唱した「学習する組織」を実現するための評価方法といえるのです。
企業の目的は、究極的には利益の追求ではなく、経営理念の実現にあるはずです。利益は、その達成度を測定するための道具にすぎません。経営理念の実現のためには、社員が組織目標を共有することが最も重要なことになります。
会社のビジョンを個人レベルに落としこみ、行動を促し、その達成度を検証・評価するサイクルを回すことで組織は成長します。組織目標を個人目標にブレークダウンし、合目的的行動を自らできることが「学習する組織」なのです。
我々の行動は、目的とそれに対する結果の関係で肯定されるものです。目標管理制度を導入したからといって、成長する組織がつくられるわけではありません。組織目標を掲げ、それを社員が共有し、それに伴った行動を促す仕組みを構築することが重要です。
この仕組みを促進するため、評価制度は、定性目標である志向性を中心に考え、それを体現する行動、さらに結果にリンクさせることが必要です。ただし、正しい行動と結果との間には、タイムラグが付き物です。
結果を求めれば、短期思考に陥りやすく、正しい行動ができなくなる恐れがあります。志向評価の最大のメリットは、人間を長期思考にさせ、本質に基づき行動することを促進することです。これは、まさに、管理者能力の養成と言っても過言ではありません。
志向性の意味を正しく理解するために、会社との理念共有度・目的共有度を「心」のベクトル、それを達成するための手段である知識・技術・経験などを「技」のベクトルで表現してみます。手段は目的に従います。従って、「心」を高めることが、会社として本来行うべき「教育」であり、「技」を高めることは「研修」とも考えられます。会社にとって重要なことは、研修ではなく教育なのです。
このマトリックスで考えると、新卒社員は「心」も「技」のレベルも低い、「新人」領域からスタートします。
企業が求めるのは、「エース」領域の社員です。会社が目指す方向性を理解し、かつ実行する能力もある人で、組織を動かすリーダーとして役割を持つ人物と言えます。
モデリングは人の成長を促進させる機能を持っています。エース領域を会社の理想と掲げることによって、個人は自らの成長の方向性が定まります。教育とは、企業の個人に対する成長のサポートでもあります。福利厚生の一環としての教育ではなく、制度として評価にリンクさせることが、個人の成長を加速させるものと言えます。
このようなモデリングを行い評価に結び付けないと、社員は個人のキャリア・パスばかりを気にします。特に、カンボジアでは、終身雇用という発想が希薄なため、個人のキャリアプランはカンボジア人にとって最も重要なこととなります。
そのため、会社に対するロイヤリティを高めることより、自分自身の「技」である知識・技術・経験に強い関心を抱き、また、それを追求します。結果として、多くのカンボジア人はこのマトリックスでいう「職人」領域に入っていき、真の意味での管理者が育ちにくいのが現状です。管理者とは、経営者の持つ経営哲学を共有させる役割を負っており、会社に対するロイヤリティなくして、本来、機能するものではありません。
結果として、「職人」は、新たな知識・技術・経験を求めて転職をします。カンボジアでジョブ・ホッピングが盛んであるのはこのためです。企業も即戦力として、知識・技術・経験を求めれば、この傾向はさらに広がります。また、企業が即戦力を求めることによって、転職者の賃金水準が上がり、これが既存の社員の給与の昇給率を高めるという悪意循環にも陥っています。特にこのような傾向は、日系企業に多くみられます。
このような状況を打開するためにも、即戦力を求めるのではなく、将来の「エース」になる「幹部候補」を育成することが重要と言えます。「幹部候補」の領域は、知識・技術・経験は乏しくても、会社の目的を理解し、個人の目標と会社の目標をリンクさせることができる人です。
このような人を見つけるために、日本にいるカンボジア人の中から「幹部候補」採用することも有効な選択肢です。最大のポイントは、日本にいるカンボジア人は親日派であるということです。これは、企業立ち上げ時におけるカンボジア人幹部候補として非常に重要な要素です。
次に、日本語能力です。カンボジア国内だけを考えれば、英語だけでも十分ですが、日本の親会社の多くの人とコミュニケーションをとるためには、日本語の話せるカンボジア人の存在は非常に有益と考えられます。
一方、デメリットは、候補者が少ないこととカンボジアで雇うより賃金水準が高くなるということです。しかし、良い人材が見つかれば、多少の賃金の差は大きな問題ではないとも言えます。
今後、カンボジアに会社設立を企画する企業は、フィージビリティー・スタディーを行う段階から、プロジェクトにカンボジア人を入れることが、質の高い情報が得る有効な方法と言えます。カンボジアで成功するためには、人脈も重要です。一人のカンボジア人を介して得られる情報の多さは、日本人にはない大きな特徴です。
人材教育のポイント |
企業の人材育成の目的は何でしょうか。おそらく、次のような答えが挙がるのではないでしょうか。
・社員を成長させる。
・企業を成長させる。
・利益を上げる。
しかし、これらは企業の長期的な経営理念、目的ではなく、短期的なビジョン、戦略に基づいた考え方ではないでしょうか。人材育成のポイントは、企業全体でみれば、企業の目的と照らし合わせて、現状足りないものを補うこと、社員ひとりひとりでみれば、目指すべき人物像と照らし合わせて、足りないものを補うことです。
つまり、企業としての短期的なビジョンや戦略に基づいた教育を行っても、企業にとって長期的に求めている人材の育成はできません。特に、社員や企業の成長、利益といった内向きの視点では、経営環境に左右されやすいカンボジアでのビジネスにおいては対応できなくなる懸念があります。
そこで、志向性評価で求めている人物像と、実際に志向性評価を実施して出た社員の差、足りないところを、教育していくことが必要となります。
成果の評価項目と志向性の評価項目を前述の心(目的)と技(手段)のマトリックスに当てはめると、高い技術や成果を上げるだけのタイプは、職人気質になりがちです。
特に教育が必要な人は、幹部候補に該当する社員です。特に、幹部候補の志向性評価結果から、足りないところの対策を人材育成制度として導入することで、長期的な成長につながります。これにより、ダニエル・キムによる「組織の成長循環モデル」のとおり、関係性の変化が意識、行動、結果の変化につなぐことができます。
当社での人材教育事例 |
前述のように、企業において価値観の共有を図る研修を行うことが大切ですが、その際には、その目的を明確にし、内容も充実させる必要があります。カンボジア人には朝礼などの習慣がないため、目的や内容でカンボジア人を惹きつけることが大切です。
当社には理念を浸透させるためのツールとして、クレドカードと社員教育用のレジュメがあります。社員教育用のレジュメは、「できる若者は3年で辞める!伸びる会社はできる人よりネクストリーダーを育てる」(出版文化社)というタイトルで出版もされています。これは、「THE REAL EMPLOYEE SATISFSCTION」というタイトルで、英語版も出版されています。
当社では、英語版クレドカードと「THE REAL EMPLOYEE SATISFSCTION」を用いて、カンボジアにおいても毎日、朝礼でテーマを選定してディスカッションを行うことによって理念の共有を図っています。この方法は、毎日、日本で行っていることと同じです。
社員教育の本質は、国や言語が変わったとしても何ら変化することのない普遍的なものです。日本であってもカンボジアであっても変えてはいけないものと思っています。
【東京コンサルティンググループ クレドカード】
このような朝礼による教育によって、ネゴシエーション力が高く、日本人が気おくれしてしまいがちなカンボジア人現地スタッフとも、同じ目標に向かってコミュニケーションを図っています。業務を通じてのコミュニケーションは、仕事の話だけに終始しますが、朝礼での研修会は、考え方の共有になります。出来る限り、対話を通じて、会社としての考え方を共有することが重要です。
コラム :日本の外資系企業の実態 |
海外人事戦略を考えるにあたって、まず、日本に進出した外資系企業がどのようなことを行ったかを考えるとよいと思います。ここには多くの失敗事例・成功事例があります。失敗事例を研究することによって自分が犯してはいけない誤りに気づくかも知れません。
私が今まで外資系企業の監査等を通じて経験したところによれば、日本に進出した外資系企業の実に9割が進出に失敗・撤退をしています。それは成功した本国の人材マネジメント方法を変化させ、その国の特性に合わせた人材マネジメントをしようとしてしまうためです。
多くの外資系企業は、初め進出したとき、日本の商慣習や市場について十分な知識を持っていません。そこで、即戦力になる日本人の経験者を採用します。
進出したばかりの小さな外資系に入ろうとする人の多くは、その外資系の企業を日本において成功させようと考えているよりも、外資系特有の高い報酬に魅力を感じ入社する人が多くいます。そのような人材は、今までにも多くの外資系企業を渡り歩いてきた人です。
しかし、外資系企業は、日本企業以上に過去の経験を重視します。ヘッド・ハンター等を通じて採用する場合、人柄よりも業界知識・経験が重視されます。
また、本社側の人物評価も、本社とコミュニケーションが円滑にできるかで大きく異なります。結果として、仕事ができる人より、英語ができる人の評価が高くなる傾向があります。
経験者をたくさんそろえても、本社が求めるビジョンや志向性の共有を図らなければ、組織が全くまとまらない状態になります。社員は、お互いが協力し合う関係になく、自分の与えられた責務だけにしか関心を持たなくなり、社内がギスギスした状態になることもよく見られる光景です。
このような傾向は、社員数が100名以下の外資系に顕著に表れています。
20名以下のところでは、1~3年程度で頻繁に社長の交代が起きます。日本人社長を雇っても、雇われ社長は、本社に対していかに日本のマーケットが特殊で売れないかを説明することが得意なだけということもあります。
さて、このような話は、決して日本における外資系企業だけではありません。我々がカンボジアに子会社を設立したときも起こりうる話なのです。では、日本の外資系でどのような企業が成功しているのか。一言でいえば、現地駐在員が起業家精神を持って会社運営をしているケースです。このような会社は、ゼロから人材育成を行う仕組みを構築します。そして、カンボジアで独特の企業文化を作ります。
我々がカンボジアで成功するためには、現地駐在員の起業家精神と教育システムが鍵になるのではないでしょうか。
海外赴任者に求められるもの |
カンボジアで成功できるか否かは、最後は、カンボジアに駐在する日本人の考え方に左右されます。ここでは、カンボジア人の評価方法・教育方法について考えてきましたが、日本企業にとって、最も欠けているのは、海外赴任者のリーダーシップ教育と言えます。
海外駐在員、特に、マネージング・ダイレクターは、真の意味で、「起業家」であり、リーダーでなくてはなりません。
リーダーの条件は3つあると考えられます。
第一が、「価値設定」です。目的は何かを定めるものです。赴任者が、自分や家族のためだけに働けば、部下もまたそれに影響を受けます。早く日本に帰りたいと思っていれば、その気持ちも部下に伝わり、近い将来、交代するであろう上司についてくるはずもありません。全てに、海外赴任者の価値観が影響するのです。
第二は、「価値共有」です。価値共有のためには、熱く語り続けることが重要です。人間は、感情の動物であり、理論だけでは、動きません。パッションなくしてリーダーにはなれないのです。ただし、価値は、リーダーの普段の言動に現れます。部下は、リーダーが何を話すかより、何を行うかに着目します。価値観は、言葉より、行動に反映されます。
第三は、「価値実現」です。これは、マネジメントという言葉に置き換えられます。マネジメントとは何か、その本質を知ることが重要です。海外赴任者は、経営とは何か、リーダーとは何かを問い続けなければなりません。
このリーダーを養成できるか否かは、日本の本社が持つ教育システムに係っています。今後、日本企業は、少子化により国内マーケットが縮小する中で、海外売上比率をますます高めていかなければなりません。そのためには、体系だった海外赴任者教育を作ることが急務と言えるでしょう。