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人事労務マネジメント
人事労務マネジメント
マネジメントの父と呼ばれるP・F・ドラッカーは「マネジメントとは、事業に命を与えるダイナミックな存在である。彼らのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない」と著書の中で記しています(P・F・ドラッカー著、上田惇生編訳『チェンジ・リーダーの条件』ダイヤモンド社、2000年)。
現地における気候やインフラ状況などの環境、国民性、文化などにいかに適応したマネジメントを構築することができるかが、国際人事マネジメントの成功要因として挙げられます。一方で、人事マネジメントを行う上で、変えてはいけない本質があります。それが、「組織とベクトルの合った人材を教育していくこと」です。この本質を逸脱すると、会社として統一された人事マネジメントができず、国際経営もまた破綻します。
「企業は人なり」という言葉に示されるように、人材によって企業の成長が決まるといっても過言ではありません。優秀な人材の確保は、外部から優秀な人材を連れてくる方法と、自社内の人材を教育する方法があります。そこで、本質的な人事労務マネジメントを考えるにあたっては、人事を4つのテーマ(採用、賃金、評価、教育)に分けて考える必要があります。中国における人事マネジメントも、この4つの切り口から見ていくことが有効です。
採用は外部からの人材調達であり、賃金、評価、教育は内部の人材育成方法に係るものです。このうち人事マネジメントのポイントは、教育に繫げるための賃金設計、評価制度設計をひとつの人事マネジメント機能として構築することにあります。
統一的な評価基準の設定
人事労務マネジメントにおいて、会社として統一的な方針を持ち、全社員がそれに合った行動ができているかどうかを評価する基準を持つことが必要不可欠となります。その上で必ず評価結果を社員にフィードバックすることが重要です。会社の方向性および「優秀な人材の定義」を会社として明示することを意味します。フィードバックに際しては、たとえば「当社は○○を評価する会社です。しかしあなたは○○が××の分だけ足りません。だからあなたの評価は△△です」のように、何がどれだけ足りないのかを具体的に伝えることが望ましいといえます。このフィードバック機能が十分でないと中国人からの賃金アップの要求に対応ができません。
評価制度の構築は、第一に「会社としてどのような人材を理想とし、評価するのか」という優秀な人材の定義付けを明確にすることから始まります。これが組織における評価や採用、そして教育までのすべての方向性を決めることになります。そして、この定義が実際の人事に反映されることにより、会社の方向性が社員に浸透していきます。一貫性と透明性のある評価制度の導入は社員を納得させ、会社が高く評価する社員の定着率の向上にも繫がります。社員に甘いだけの評価制度は全体の社員定着率を高めることになるかもしれませんが、必ずしも会社が求める社員の定着が図られるわけではありません。会社にとって有益ではないと思われる社員の定着率が高まると、優秀な社員の採用を妨げる要因にもなるため注意が必要です。
採用と賃金
採用と賃金
日本企業が中国に会社を設立した後、活動規模に応じて現地労働者を募集する必要が出てきます。中国では、昇給率の高さや人材の流動性などの理由から、優秀な人材を採用することは難しくなっています。その中で優秀な人材を確保するためには、以下の項目について入念に策を練る必要があります。
・ 経営理念の明確化
・ キャリアイメージの明確化
・ 労働関連の法制度の確認
・ 採用前の注意点の確認
・ 採用後の注意点の確認
経営理念を明確にすることは、優秀な人材を確保するためになくてはならないものです。採用にあたっては、求職者がポジションを明確にイメージできるよう、業務の種類や範囲を明確にした企業の組織図を作成する必要があります。
また、現地で採用した中国人従業員も幹部候補になる可能性があると伝えることも重要です。幹部候補の採用では、単純に業務の内容や製品を説明するだけでなく、企業の魅力を伝えることも重要です。具体的な企業の理念とそれに基づく中国全体の事業計画を明確に説明し、どのような企業を目指しているのかを伝えることが必要です。
中国人は自身のキャリアアップを重視します。1つの企業に長く勤務することよりも、自分が成長できる環境を求めて転職する傾向にあります。中国人求職者に対しては、成長できる環境が整っている会社であるということを説明するのは非常に重要です。資格制度を採用する日本企業も少なくありません。
資格制度とは、労働者を役職、業務の種類、能力などさまざまな基準でグループに分ける制度です。基本的に同じグループ内の従業員には同じ水準の報酬が与えられます。グループごとに序列があるため、労働者は昇進先のグループを明確にイメージすることができます。資格制度があることを求職者に説明することで、求職者自身が自分のキャリアをイメージできるようにすることも優秀な人材を確保するために必要です。社員数が少なく、資格制度がない企業であっても、昇進していく過程をイメージできるように、面接時に説明することが求められます。
企業が採用活動を始める場合、地域によっては行政部門へその旨を報告することを義務付けられます。たとえば、天津市などでは現地で採用活動を始める前に、現地を管轄する役所に問い合わせをする必要があります。
実際に労働者を募集する際には、募集要項の内容に差別的な表現がないかどうかを確認します。中国では宗教や性別はもちろんのこと、年齢、戸籍、病歴などによる差別を行ってはなりません。
中国では戸籍を自由に移動させることができません。企業の所在地の戸籍を持っていない者を採用する場合は現地の労働局から許可を得る必要があります。近年では、条件を満たせば自由に戸籍を移動させることもできるようになりましたが、手続が煩雑になります。ただし工作居住証を持っている労働者は、現地に戸籍がない場合でも現地の戸籍を有する人と同等に扱われます。工作居住証は技能・経歴などで一定の基準を満たした優秀な人でなければ取得することができないため、採用基準となります。
中国では経歴を詐称しているケースが多く見受けられます。面接時に詐称が判明するケースはほとんどないため、求職者には正式な証明書を提出してもらう必要があります。正式な証明書を偽造するケースもあるため、注意が必要です。なお中国では、学位や学歴証明書を照会するためのインターネットサービスがあります。詳細はNPO法人JAFSA(国際教育交流協議会)のウェブサイトをご参照ください。
賃金、賞与
採用された社員が自社で成長をしていくためには、賃金、評価、教育が一体となった制度づくりが重要です。特に賃金制度には、企業が求める人物像を裏付ける重要な役割があります。中国人社員は給与を見せ合います。すると「なぜ自分の給与は他の同僚と比較して低いのか」と思う社員も出てきます。このような社員が「不当に評価されている」という不満を持ち、職場に悪いムードが蔓延すると、社内全体の士気低下に繫がります。賃金制度を定める際に大切なのは、透明性の高さと、賃金の分配の仕方に会社としてのメッセージが込められているかということです。
長期的に成長している企業は、会社の理念を社員と共有することができており、それを実践できた社員を必ず評価します。短期的には売上や業績に貢献しても、長期的組織の成長を阻んだり混乱させる社員もいるため特に注意が必要です。そこで分配と処遇を「禄」と「格」の考えに基づいて行うことが有効です。
人事マネジメント手法や組織論は、戦時中にどのように人を動かし、そして勝利を手にするのかを論じたことから発展した学問です。
戦で同じように成果を上げても、優秀な管理者としての能力を持たない者には「禄」のみが与えられ、管理者としての能力の高い者には、軍隊を動かすための「格」が与えられました。
この考え方は、現代の評価制度においても応用することができます。給与の分配は評価制度における短期的な目的であるため、一定の期間の売上や利益への貢献で分配額を決定します。これは一定期間の業績に対する貢献を禄(賞与や業績給)として反映させます。
これに対して格(役職・基本給)をどのように決定するかが重要です。会社への短期的な貢献ではなく長期的な貢献ができる人材や組織を育て、部下や周囲を巻き込んで会社を成長させることができる人材を重要なポジションに置くべきです。格を決定する際にどのような人材を評価するかは、会社としてどのような人材を優秀な人材と定義しているのかを会社全体に示す役割もあります。
個人志向の強い中国では、とかく成果主義で評価しがちですが、長期的な観点からは、禄だけでは不十分です。
たとえば、短期的な評価が高く長期的な評価項目が低いAさんと、短期的な評価が低く長期的な評価が高いBさんを例に挙げます。この場合、Aさんは業績手当や賞与は多く支給されますが、基本給のアップや役職への登用もあまり行われず、役職手当も上がりません。一方Bさんは、業績手当や賞与はAさんと比較すると金額は低いですが、基本給を上げ、役職に登用し、役職手当を上げます。
このように、長期的に会社がどのような人物を求めているのかを明確にし、その方針に沿って賃金を分配することが重要です。
日本企業は、欧米企業と比較すると賃金が安いといわれます。平均すると欧米企業のほうが2倍以上高いです。中国には、日本企業や欧米企業における役職ごとの給与額データを有料で提供しているリサーチ会社もあります。情報の真偽には疑問が残りますが、中国人の企業選びの基準としてこのような情報も加味されていると認識し、市場相場を定期的に調べ、自社の給与水準を見直す必要があります。日本企業と欧米企業では賞与率に大きな差はありませんが、中国国有企業では賞与を5カ月分支給している企業が25%もあります。それに対し中国の民間企業では、2カ月分以上賞与を支払っている企業は20%で、1カ月分の賞与を支払っている企業は中国の民間企業の40%ほどです。国有企業と民間企業の労働条件の差は大きいといえます。
Latest news and update
【時間外手当】
基本的に日本への出向社員は日本の労働法にそって就労することとなりますので、日本側規則に従い時間外手当を支払う必要があります。
【個人所得税・社会保険について】
a,個人所得税に関して
・中国法人が至急した人民元給付に対して、中国で納税を行います。
b.社会保険に関して
前提として、中国法人と当該従業員との労働契約を維持する場合、必然的に社会保険(中国では五険一金)を納付することとなります。
・中国法人が支給した給与を社会保険基数として社会保険の納税を行います。
※社会保険基数:当該基数と社会保険料率を基に納付額を計算します。
人事評価制度
人事評価制度の問題点
■ビジネス環境の変化これまで中国をはじめとする新興国において、日本企業がとってきたビジネスモデルは、新興国の安い労働力を活用してモノを作り、日本など先進国の市場に輸出することが中心でした。そのため、日本で製造するのと同等の品質のものを中国で安く製造できればよかったのです。
2008年以降、中国の産業が輸出型から内需振興型に転換したことや中国人の所得水準が上昇してきたことをきっかけに、日本企業が中国をマーケットとして見る動きが加速しました。2010年以降は、中国自らが世界をマーケットとするまでに成長しつつあります。
中国に進出する日本企業の多くは中国での国内販売を目的としています。そのため、日本企業としての品質を保ちながら、中国に合った価格帯の製品づくりやサービスを提供する必要があります。
■労働者意識の違い
中国では、優秀な人材ほどキャリアアップを求めて絶えずより良い条件の職場へと転職するため日本の終身雇用的キャリアプランの考え方との違いに注意が必要です。ある一定以上の役職は日本人ばかり、ではモチベーションを保つことができません。
さらに中国では日本企業での労働争議が増加しています。中国の好景気に見合った賃金の上昇が適切に行われていないと感じる労働者の不満が原因です。急激な人件費の上昇により、先に入社した社員の給料よりも新入社員の初任給が高くなるといったことから労働争議に発展するケースもあります。本来中国人は自己主張が強い上に自己評価も高いため、自らの正当性や優位性を固持します。これに対して日本人は、国際社会の中での外交力の低さを見てもわかるように、交渉事を苦手とする国民性です。そのため、中国において日本企業は中国人の強い主張に負けてしまうことが多く、結果として中国人が主張するままに高い賃金や昇給率を受け入れざるを得なくなるケースも見受けられます。
■日中企業人事評価制度の違い
日本と中国では根本的な人事評価制度が異なります。
日本における評価制度は「あなたの評価は○○です。したがってあなたの給料は○○です」というように、上司が部下を評価し、部下はその評価結果に従うのが一般的です。
一方、中国では社員が自己評価をし、会社に交渉をするのが一般的です。つまり「自分は今期これだけのことをやった、だから給料は○○にしてほしい」というように、社員が会社に対してかなり積極的にアピールします。昇給基準についても、年功序列より能力評価や実績評価、すなわち成果を重視した基準の採用が求められます。
日本企業が中国で成功するためには、中国の市場に合わせながらも、日本企業として中国企業や他国の企業との差別化をいかに図っていくかまた、それを支える人事制度をいかに機能させるかがポイントです。近年は中国でも業務範囲を明確化し、その業務範囲内で評価する人事制度を採用する企業が増えています。ここで重要なのは、ガラスの天井(昇進する能力を持っている従業員が、性別や人種を理由に、昇進できずに低いポジションを強いられている不当な状態)を設けない昇給・昇格制度を構築することです。
中国人に賃金額決定の基準や人事評価の基準を周知させ、合理性を持って対応をすれば、中国人の自己主張に押し切られる形で賃金を上げることはなくなるはずです。また、評価基準を明確にすることは、中国人労働者に安心を与えることにもなり、結果的に労働争議のリスクを回避し、中国人労働者の企業への定着にも繫がります。
評価制度
評価制度を構築するためには以下の3つを決めることが重要です。
■評価対象
評価対象の決定とは、何を評価するのかを決めることです。決定事項のうちで最も重要です。何を評価するかの定義付けは、社員が成長すべき方向性を示し、目標達成のために会社が求めている人物像を明確にすることになるからです。長期的観点からは特に重要で、昇進を決定する根拠にもなります。
中国人は日本人以上にポジションにこだわります。プライドの高い人が多く、昇進して高いポジションにつけば、次の転職にも有利になると考えています。会社にとって必要な人材に対して役職を与えて昇進させることは、会社の求める人物像を社員に知らしめることにもなります。しかし、社員の離職率を抑えるための安易な昇進決定は組織の混乱を招くため注意が必要です。評価には客観性が求められるため、定量化できるものが評価対象として選択され、定性目標がおざなりになるケースがあります。そのため定量的な指標(成果、行動など)、定性的な指標(考え方など)の両方の視点から評価することが大切です。
■測定方法測定方法の決定とは、評価対象を誰がどのように評価するかを決めることです。通常、部下の評価を行うのは上司です。自分自身の認識と上司との認識の違いを明らかにし、進歩を促すために自己評価を導入することも有効です。
評価制度を人材育成に活用する際には、自己評価の導入をするケースが多くあります。
■分配方法
分配方法の決定とは、成果をどれくらい社員へ分配するかを決めることです。会社レベルでは、全体賃金管理として労働分配率の目標値を決めることであり、個人レベルでは、評価を給与等へどれくらい反映させるかを決めることです。
このように評価対象、測定方法、分配方法の決定が、評価制度を構築する上での基本となります。
成果主義による評価
現在、中国における人事評価は成果主義が中心です。新興勢力と位置付けられる80後(バーリンホウ)や90後(ジュウリンホウ)と呼ばれる20代から30代の一人っ子政策施行後に生まれた新人類世代が台頭しつつあります。彼らは新しい価値観や生き方、考え方を身につけており、成果主義を歓迎する傾向があり、中国人の国民的な志向にも合致しています。中国に合わせた人事評価制度づくりのポイントは、この成果主義を活用することにあります。特に、個人の明確な目標に基づいた成果や行動を評価することが有効です。中国人は自分の評価結果の根拠を知りたがる傾向があるため、できるだけ定量化できる指標を用いることが重要です。
成果主義を取り入れる際の注意点は、短期の成果だけで評価しないことです。本来、成果主義はプロセス(コンピテンシー)と結果(目標管理)により構成されるものです。日本での失敗は、成果主義と結果主義がイコールであるという誤った認識のまま普及したことにあります。その結果、短期の成果が重視され、長期スパンでのプロセス(コンピテンシー)が軽視され、個人主義に走る協調性のない社員を作りやすいという問題をもたらしました。
明確な目標による評価の注意点としては、必ず結果に基づき評価するのであって、期待を評価に反映させないことです。日本のマネジャーが犯しがちなミスとして、評価に期待を上乗せして給与額を決めてしまうことが挙げられます。社員にすれば昇給とは自分の成果が認められたも同然です。つまり、中国人は、自分のパフォーマンスが認められたと感じると、その後の行動を変えようとはしません。直すべき点があれば、明確にフィードバックする必要があります。以心伝心は中国では通用しません。
成果の項目については結果で評価すると同時に、従業員の要求額が人事評価よりも高い場合には、それが認められるための明確な目標を示すことが有効です。
たとえば、現在の月給が2,000元である中国人従業員に対して、会社が300元の昇給額を提示する一方で、従業員自身が、月給2,600元を要求してきた場合、「月給2,600元にするためには、○○をしてください。○○ができたら2,600元にします」と具体的な目標を設定し、会社として求めている成果や行動と結び付けることで評価の納得性を持たせることができます。本来、このような成果に対する分配は、賞与や業績手当などで支給するのがより望ましいといえます。
成果主義だけで評価を行うと、ジョブ・ホッピングを招いたりお金だけでの繫がりになりやすいです。日本企業として諸外国の企業との差別化を図っていくためには、経営理念の追求が必要です。そのためには、経営理念を社員ひとりひとりに浸透させるための制度づくりが必要です。
志向性評価
教育システムを構築するために重要な役割を果たす評価制度について述べます。現在まで企業で採用されてきた評価制度はその時々の経営環境や情勢に応じて変化してきました。評価が本来持つ意味からすると、分配の量は変化したとしても、長期的な観点から会社として評価すべき人は変わらないはずです。
人間の行動は考え方(志向)に依存します。どのような行動をするかは、どのような考え方なのか(志向性)によって決まります。この発想によれば、行動自体を規定する必要はなく、その原因となる志向性が企業理念に即していれば、経営環境に応じて最適な行動をとることができるはずです。これは、コンピテンシー・モデルの弱点を補う考え方といえます。中国で日本企業が他社と差別化を図っていくためには、志向性評価を導入することが有効といえます。
多くの会社では既に評価項目の中に志向性にあたる定性目標が取り入れられています。しかし、定性目標よりも定量目標が重視されがちです。これは、評価制度では客観性が重要視されるため、定量的に測定することが困難な定性目標は、評価対象として軽視される傾向があるためです。
さらに評価者に定性目標で管理・評価を行う能力が乏しいケースや、評価者自身が定性目標の意義を十分理解していないことが原因で、定性目標を正しく評価して従業員にフィードバックすることができないケースもあります。結果的に評価が従業員の教育に結びつかず、賃金を決定するためだけに用いられる傾向があります。
企業が大切だと考えることを従業員も同様に大切だと考えるようにするには、企業理念・哲学を従業員と共有し、行動や結果に繫げる必要があります。評価制度と結びつけることで従業員にどんなメリットがあるのかについても説明をします。評価制度で具体的な項目を設け、その志向性を図っていくことも有効です。志向性評価では、従業員の目標設定や仕事に対する考え方が会社の目指しているものと一致しているかどうかを評価します。したがって、志向性が高ければ、従業員は会社の指標と同じ考えのもと行動することに繫がります。志向性評価のメリットは、どんな部門でも導入可能であり、会社が必要とする人材の育成に結びつけることができます。
日本人と中国人の違い
終身雇用の文化が薄れてきたとはいえ、多くの日本人は組織への帰属意識を持ち、会社のために働くという姿勢が見られます。しかし、中国の労働者にとっては、働く目的はあくまでも生活、家族、自己成長のためであることがほとんどで、組織に尽くすという意識は希薄です。
日本の企業は職務範囲があいまいであることが特徴として挙げられます。日本のチームビルディングにおいては、あいまいさがむしろ重要な要因となります。よって自分の職務範囲と責任範囲を広げられる人が評価されてマネジャーになる傾向にあります。
一方、中国の企業では、個人の職務範囲が明確に定められており、仮に組織のためになると感じても自分の仕事以外は行わないケースが多いため、マネジャーの選任が難しくなっています。
優秀な管理者として中国人を活用するために必要なのは、明確な評価であり、報酬であり、職務区分です。中国人労働者の仕事の仕方や能力を正当に評価し、管理者としての職務区分を明確にし、それに見合った報酬を与えることで中国人は自分の仕事に誇りを持ち、マネジャーとして大いに働いてくれることになります。
日本人は相手の良くないところを指摘するのが苦手です。日本人マネジャーが、評価の際に中国人に対して達成できていないことを明確に伝えなかったがために齟齬が生じ、その結果、中国人が不満を持つケースもあるため、評価のフィードバックには客観的な指標を用いることが重要になるため、目標の具体化、定量化が有効です。
自己評価と上司との評価の違いを明確に示し、客観的で定量化された指標で評価することで評価の透明性と納得性を保つことができます。
人材育成制度
人材育成
会社は顧客や社会に対して価値を提供することを目的として企業活動を行っており、その結果、対価として利益を得ています。このことは会社の経営理念に反映されます。つまり経営理念の実現こそが本来の働く目的です。
中国人は自身の給与やキャリアを重視する傾向にありますが、給与やキャリアは仕事を通じた会社や顧客、社会への貢献の結果にすぎません。中国における人材育成において、この考え方を伝え、理解させていくことが重要です。
その意味で、志向性評価を用いて中国人従業員を評価することは有用です。志向性評価では、本来の目的である会社の経営理念やビジョンと社員の働く目的とのすり合わせに主眼を置いています。行動そのものを規定するのではなく、考え方の共有を行うことによって、状況に応じて社員は自らベスト・プラクティスとは何かを判断できるようになります。
コンピテンシー・モデルと志向性評価は同じ原因を評価するものです。しかし行動は志向性に影響されるため、望まれる行動を実践するためには望まれる志向性が必要です。また、この志向性評価は、コミュニケーションをとりながら評価と教育(フィードバック)を合わせて行うことができるため、目標管理制度※(MBO:Management by Objectives)とリンクさせることが
可能です。日本でも多くの企業が目標管理を導入しましたが、運用に失敗しているところも見受けられます。
※会社と個人のベクトルを合わせながら、個人の目標管理を行う手法。P・F・ドラッカーが提唱
その理由のひとつに、目標管理を評価、査定と直接結びつけたことが挙げられます。目標管理を評価と結び付けるには評価の客観性が要求されるため、目標管理が行動の管理だけでなく、結果の管理にも利用されたことが失敗を招いてしまいました。あくまでも目標管理は会社のビジョンと個人の目標をすり合わせて、より力強い組織を作るなど、人材育成の目的で用いるべきです。
次項以降、中国での人材育成においてどのような手法が有効であるかを詳しく述べます。
管理者能力を養う志向性評価
人の行動は、目的とそれに対する結果の関係で肯定されるものです。目標管理制度を導入したからといって成長する組織がつくられるわけではありません。組織目標を掲げ、それを社員が共有し、それに伴った行動を促す仕組みを構築することが重要です。そのための評価制度は、定性目標である志向性を中心に考え、それを体現する行動、さらに結果にリンクさせることが必要です。ただし、正しい行動と結果との間にはタイムラグがつきものです。結果を求めすぎれば短期思考に陥りやすく、適切な行動ができなくなる恐れがあります。志向評価の最大のメリットは、人間を長期思考にさせ、本質に基づき行動することを促進することです。これはまさに管理者能力の養成といえます。
次の人材マトリックスを使って実践的に考えてみます。
企業が求めるのはエース領域の社員です。それは会社が目指す方向性を理解し、かつ実行する能力もあり、組織を動かすリーダーとしての役割を持つ人物です。エース領域を会社の理想と掲げることによって、個人は自らの成長の方向性が定まります。
社員は個人のキャリアプランを重視します。特に、中国では高い収入を求める転職が多くなっているため、個人のキャリアプランを明確にすることは中国人にとって最も重要です。
そのため、会社に対するロイヤルティを高めることよりも、自分自身の技である知識、技術、経験に強い関心を抱き、それを追求することになります。結果として、多くの中国人はこのマトリックスでいう「職人」領域に入っていき、真の意味での管理者が育ちにくいのが現状です。
職人は、新たな知識、技術、経験を求めて転職をします。中国でジョブ・ホッピングが頻繁に行われるのはこのためです。企業が即戦力として、知識、技術、経験を求めれば、この傾向はさらに強まります。それによって転職者の賃金水準が上がり、これが既存の社員の給与の昇給率を高めるという悪循環を招きます。特にこのような傾向は中国に進出した多くの日本企業に見られます。
この状況を打開するためには、将来のエースになる幹部候補を育成することが重要です。幹部候補とは、知識、技術、経験は十分でなくても、会社の目的を理解し、個人の目標と会社の目標をリンクさせることができる人です。
こうした人材を得るために、日本に滞在している中国人の中から幹部候補を採用することも有効な選択肢です。日本に滞在している中国人は親日派であるため、企業設立における中国人幹部候補として貴重な人材です。
日本の親会社の多くの人とコミュニケーションをとるためには日本語能力が必要です。日本語を話す中国人の存在は有益です。
一方、候補者が少ないことや中国で雇うよりも賃金水準が高くなるというデメリットもあります。しかし、良い人材が見つかれば、長期的には、多少の賃金の差は大きな問題ではありません。
今後、中国に会社設立を企画する企業は、フィージビリティー・スタディー(実行可能性調査)を行う段階から中国人をプロジェクトに参加させることが、質の高い情報を得るために有効な方法といえます。中国で成功するためには人脈も重要です。一中国人を介して得られる情報の多さは、日本人にとっては大きなメリットです。
人材育成のポイント
企業の人材育成の目的は以下のとおりです。
・社員を成長させる
・企業を成長させる
・利益を上げる
これらは企業の長期的な経営理念や目的ではなく、短期的なビジョンや戦略に基づいた考え方です。人材育成のポイントは、企業全体としては、企業の目的と照らし合わせて現状足りない人員を補うこと、社員としては、目指すべき人物像と照らし合わせて足りない素質を補うことです。
しかし、企業としての短期的なビジョンや戦略に基づいた教育を行っても、企業にとって長期的に求めている人材の育成にはなりません。特に、社員や企業の成長や利益といった内向きの視点では、経営環境に左右されやすい中国でのビジネスにおいては対応できなくなる懸念があります。
成果の評価項目と志向性の評価項目を心(目的)と技(手段)の人材マトリックスに当てはめると、高い技術や成果を上げるだけの人は職人気質になりがちです。
特に、教育が必要な人は幹部候補に該当する社員です。幹部候補の志向性評価結果から、足りない要素を人材育成制度として導入することで長期的な成長に繫がります。
海外駐在員に求められるもの
中国で成功できるか否かは、最終的に中国に駐在する日本人の考え方に左右されます。これまで中国人の評価方法、教育方法について考えてきましたが、日本企業に最も欠けているのは海外駐在員のリーダーシップ教育です。
海外駐在員の多くは世界各国の拠点を転々と赴任します。すると多くの国を経験してきた駐在員は「中国人は何を考えているのかわからない」「東南アジアはどこの国でも同じようなものだろう」といった姿勢で仕事をしてしまう傾向があります。しかし、このような心構えではいつまでたっても中国人スタッフと良好な関係を築くことはできません。重要なのは、オープンマインドで積極的に関わろうとする姿勢と中国人の気質を理解した上で発揮されるリーダーシップです。海外駐在員、特にマネジング・ディレクターは真の意味で起業家であるとともに、リーダーでなくてはなりません。
真のリーダーを養成できるか否かは、日本の本社が持つ教育システムにかかっています。今後、日本企業は、少子化により国内マーケットが縮小する中で、海外売上比率をますます高めていかなければなりません。そのためには体系的な海外駐在員教育を行うことが急務といえます。
リーダーの条件は3つあります。
1つめは「価値設定」です。仕事の目的が何であるかを定めるものです。上司である駐在員が自分や家族のためだけに働けば、部下もまたそれに影響を受けます。上司が早く日本に帰りたいと思っていれば、その気持ちは部下にも伝わり、近い将来、交代するであろう上司についてくるはずもありません。会社全体において、海外駐在員の価値設定が影響します。
2つめは「価値共有」です。人間は、感情を持つ生きものであり、理論だけでは動きません。パッションなくしてリーダーにはなれません。価値は、リーダーの普段の行動に現れます。部下は、リーダーが何を話すかより、何を行うかに着目します。なぜなら、価値観は言葉より行動に反映されるからです。
3つめは「価値実現」です。これはマネジメントという言葉に置き換えられます。マネジメントとは何か、その本質を知ることが重要です。
海外駐在員は、経営とは何か、リーダーとは何かを問い続けなければなりません。
参考文献
・ 中華人民共和国国家統計局編『中国統計年鑑2014年版』中国統計出版社、2014年
・ 高原彦二郎・陳軼凡編著『中国進出企業の労務リスクマネジメント』日本経済新聞出版社、2011年
・ 城繁幸『内側から見た富士通――「成果主義」の崩壊』光文社、2004年
・ 佐々木隆彦・藤井恵『Q&A海外進出企業のための現地スタッフ採用・定着と駐在員育成のポイント』清文社、2009年
・ 竹内規浩『国際経営下の人事管理論』税務経理協会、2002年
・ 高井伸夫『中国で成功する人事労務の戦略戦術』講談社、2002年
・ 久野康成『できる若者は3年で辞める!――伸びる会社はできる人よりネクストリーダーを育てる』出版文化社、2007年
・ 久野康成・井上ゆかり『もし、かけだしカウンセラーが経営コンサルタントになったら――母性の経営』出版文化社、2010年
・ 「福利厚生の実態に関する調査」コンシェルジュ上海78号(2010年6月号)