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M&Aを行う際の留意点
■クロスボーダーM&Aにおける留意点
クロスボーダーM&Aは、国内のM&Aと大きく異なるものではありません。M&Aというプロジェクトを進めるに当たり必要な心構えや留意点には共通するものが多く、異なる点はテクニカルな部分が中心です。以下主な留意点を述べます。
M&Aでの成功とは、手続がスムーズに進捗したことを指すのではありません。M&A自体を自己目的化してしまいがちですが、これはあくまで 1つの過程にすぎません。手続後、被買収企業が業績を上 げ、買収企業のグループに期待したとおりのシナジーをもたらすことが目的です。
そのために、M&Aにより達成すべき目標を当初から明確にしておく必要があります。
たとえば、その国に販売網を構築するための効率化を図りたいのか、許認可を得るために現地で既に認可されている企業を手に入れた いのか、マーケットシェアを取りに行くために低コストで生産できる製造拠点にしたいのか、といった点をはっきりさせる必要があります。また、期待するシナジーについても定量的に把握しておくとよいでしょう。
つまり、最も効果的な買収のストラクチャーを考え、適切な買収契約を結ぶことにより、リスクやコストの低減を図る必要があります。 また、当初計画したM&A後のシナジーを獲得するための統合プロセ スとマネジメント(PMI:Post Merger Integration)を着実に実施 し、買収前に想定していた事業価値を実現する必要があります。
■国内でのM&Aと異なるリスク
国内のM&Aと異なる点は以下のとおりです。
[日本とシンガポール・香港の法制度、税制度、会計基準の違い]
日本と異なる法制度、税制度、会計基準に基づいているため、手続を行うのにそれらを斟酌する必要があります。このことが、買収ストラクチャーや契約を締結するための制約になるとともに、買収後の事業活動やPMIにも影響します。
[ 交渉時間の長期化 ]
日本に比べても、M&Aの契約締結までに想定以上の時間を要するケースが多くあります。交渉の細かい点についても、なかなか交渉相手の譲歩を引き出せず、解決するのにも相当の時間を要すると考えておくべきです。
[ 困難なネゴシエーション ]
買収交渉時に、大抵の場合日本側は実務家が担当するのに対し、先方は企業トップと弁護士、会計士が当事者となるケースが多く、日本側にとってはハード・ネゴシエーションを強いられることを覚悟しておいた方がよいでしょう。
[ 見えにくい内部情報 ]
買収契約書など法的に拘束力のあるものにサインするまでは内部情報を提供しない場合がよくあり、日本の慣行とは大きく隔たりがあります。
[ 曖昧な移転価格ポリシー]
被買収企業に適切な移転価格ポリシーが設定されておらず、税務調査で指摘されるリスクがあります。
[ 心理的な抵抗に対する対応 ]
社会的・文化的背景のギャップが存在することや外国の会社に買収 されることに対し心理的な抵抗を感じるケースがあるため、従業員の 定着に対し、特別の対応が必要となるリスクがあります。
[ 困難な買収後の資金調達 ]
融資慣行や規制などが日本と異なるので、資金調達手段が日本と同 列で考えられません。買収後、資金が必要になる場合は、対策をあらかじめ立てておいた方がよいでしょう。
[ 透明性の低さ]
M&Aに関する情報の入手が困難で、検討に必要な情報が集まりにくい場合があります。また、財務諸表のクオリティや透明性の水準は日本に比べると低いと考えた方がよいでしょう。
[ 事業評価、企業評価が困難 ]
企業評価の方法についても、企業が作っている事業計画のクオリ ティが低い場合が多くディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法による事業価値評価が困難です。また、マーケット・アプローチを用いた企業評価も公開情報が限定されているため類似会社情報が少ないといった制約があります。
[ 資産の時価評価が困難 ]
買収対象先の保有資産として遊休資産や非効率な資産が存在していたり、所有権の不明な資産や土地使用権の範囲に制限が付いている不動産があったりと、資産の時価評価が困難なケースがあります。
M&Aに関する法律・規制
■M&A に関する法律・規制
シンガポールのM&Aに関する法律や規制には、以下の4つがあります。
■投資規制
■ メディア業
放送や新聞等では、外資による出資制限や外国人の取締役就任が制限されています。また、国内外にかかわらず、一定の出資割合を超えた株式・議決権の取得または保有、処分を行う場合、事前承認が必要となります。
■ インフラ業
電気事業やガス事業は、法律上、国外資本の参入を制限していません。しかし、シンガポールにおいて送電・配電を受け持つ会社が1社しかないという現状が、国外資本の新規参入の障壁となっています。
■会社法
会社法には、「事業譲渡」「新株の発行」「合併」の規定があります。
また、組織再編に類似した制度として、「スキーム・オブ・アレンジメント」といわれるM&Aの手法があります。それぞれのM&Aの手法に対して、会社法は個別に法規制を設けています。
■ 事業譲渡
事業譲渡とは、一定の事業目的のために組織化され、有機的一体としての機能を有する資産および負債の移転のことです。事業を譲渡する譲渡会社と事業を譲渡される譲受会社との間で締結されます。
会社法上では、事業を譲渡する側の規制として、実質的にすべての財産または事業の譲渡を行う場合、取締役は株主総会の承認がなければ、財産および事業のすべてを処分できません(会社法 160条)。
■ 新株の発行
新株の発行とは、すでに発行された株式と同じ種類の株式を追加で発行することです。この新株発行による増資には、第三者割当有償 増資と株主割当増資があります。
第三者割当有償増資とは、特定の会社に対して新株を交付するために、ターゲット企業によって発行される新株を取得することです。これにより、株主総会の議決権の過半数を獲得し、ターゲット企業を子会社とし、その経営権を支配することが可能となります。
新株発行の法的手続は、日本とシンガポールでは異なります。シンガポールでは、原則株主総会普通決議が必要です。この普通決議は、特定の新株発行に対して個別的に決議する必要はなく、将来の新株発行に関しても包括的に承認する形でよいことになっています(会社法161条1項・2項)。この承認の効力は、決議があった株主総会の後、最初に開催される定時株主総会終了時までとなります(161条3項)。
一方、日本では、新株発行には公開会社では取締役会決議(日本会社法 201条1項)、 非公開会社では株主総会特別決議が必要です(199条2項、309条2項5号)。
シンガポールにおける新株発行(特に包括的承認に基づく 新株発行)では、上記の決議要件の他に次のような留意点があります。
・ 主要株主等に対する発行の禁止
・ 第三者割当有償増資による発行数の上限
・ 対価の金額の下限
・ 議決権保有割合が一定以上である場合、強制的公開買付
[主要株主等]
主要株主や主要株主等については、SGX上場規則に定義されておらず、会社法の定義によります。
主要株主とは、直接または間接に、自己株式を除く発行済株式数の議決権の5%以上を有する株式を保有する株主をいいます(会社法7条、81条)。
主要株主等とは、主要株主の他、取締役、主要株主および取締役の直近親族、主要株主の親会社や子会社等の関連会社や関係会社、取締役および主要株主により直接または間接に10%以上の持分を保有する会社等をいいます(SGX上場規則813条)。
新株発行についての留意点は、会社法以外の法規で規定されているため、「証券先物法」の中で解説します(P.374参照)。
■ 合併
合併とは、2つ以上の会社が契約により1つの会社に統合されることをいいます。シンガポールの会社法において、吸収合併および新設合併が可能である点は日本と同じです。さらに、資産負債の一部のみを移転させることも可能なため、日本における企業分割制度を含んだものといえます。
シンガポールにおいて合併を行う場合、会社法上の規定により、裁判所の認可が必要となる合併と、裁判所の認可が不要となる合併があります。
[裁判所の認可が必要となる 合併(シンガポール会社法 210 条、212 条)]
日本における吸収合併や新設合併を行う場合、日本の会社法では、株主総会決議、反対株主の株式買取請求権、債権者に対する催告が求められています。しかし、シンガポールでは、同じ 合併によるM&Aでも手続の主導権をだれが握るかによって裁判所の認可が必要となる場合があります(詳しくは、P.370「 スキーム・オブ・アレンジメント」を参照)。
[裁判所の認可が不要となる合併]
裁判所の認可が不要となる 合併には、合併と略式合併があり、日本と同様の制度となっています。会社法 215条A ~ Jの中に、当該 合併および略式 合併によって必要となる手続が定められています(会社法 215条A)。以下、 合併の手続の流れを見ていきます。
合併提案書の作成 … ❶
合併契約が締結され、その契約に基づき合併提案書が作成されます。合併される企業の住所や株主数や合併後の商号、住所、消滅会社の株主の取扱、特に取得対価の決定など合併に関する取り決めを合併提案書に記載します(会社法215条B)。
株主および債権者への通知 … ❷
合併を行う際、株主総会で合併に関する決議が行われます。その際、株主が適切に判断できるように、合併提案書のコピーおよび取締役宣言書のコピー等を合併に関する株主総会開催の21日前までに、株主に送付します。
また、合併提案書のコピーは合併当事会社の債権者にも送付されます(会社法215条C(4)(5)(a))。
日刊新聞による公告 … ❸
❷によって株主や債権者には個別に合併に関する通知がされますが、さらに会社の利害関係者に通知する必要があります。そこで、合併に関する株主総会開催の21日前までに、少なくとも1紙以上、シンガポールで公刊されている英語の日刊新聞に合併に関する情報を公告します。この公告は、会社の情報公開を意図しており、会社の登録事務所やその他公告に記載された場所にて、会社の営業時間内に合併提案書の閲覧および謄写ができます(会社法215条C(5)(b))。
各合併当事会社の支払能力証明書の作成 … ❹
各合併当事会社の取締役(取締役会)が、それぞれの合併当事会社および合併後の存続会社における支払能力証明書を作成します(会社法215条C(2)(b)(c))。
合併に伴う株主総会決議 … ❺
合併を行う際、原則として株主総会の特別決議による承認が必要です。また、 合併提案時に第三者による承認も必要という条件が付されることもあります。この場合、特別決議と同じタイミングで第三者による承認を得る必要があります(会社法 215条C(1)(2))。
シンガポールにおける特別決議の決議要件として、シンガポールの会社法上、普通決議・特別決議にかかわらず、定足数は2名以上の株主の出席が必要です(179条(1)(a))。そして、決議に参加した株主の4分の3以上の承認により特別決議が可決されます(184条(1)(4)(5)⑥)。
合併登記および通知 … ❻
❶~❺までの一通りの手続を終えると、作成された書類が会計企業規制庁(ACRA:Accounting and Corporate Regulatory Authority)に登録されます。これにより、 合併に関する登記が完了し、その後、ACRAより合併通知および合併確認証明書が発行されます。
合併に関しては、株主または債権者の異議申立が裁判所にあった場合、裁判所は当該合併の効力発生の禁止、 合併提案書の変更、 合併当事会社の取締役(取締役会)に 合併提案書の全部または一部を再考することを命じることができます(会社法 215条E ~ G)。
[略式合併]
略式合併とは、一定の要件を満たした合併契約で前述の合併手続を行う場合に、法定で定められる要件を大幅に簡略化することができる合併のことです(会社法 215条D)。略式合併と認められるには、以下の要件のうちいずれかを満たす必要があります。
・ 親会社と完全子会社との合併(ただし、親会社が存続会社になる場合に限る)
・ 完全子会社同士の合併
略式合併と判断された場合において、前述の❶~❻に関する手続は以下のように簡略化されます。
・ 合併提案書は作成不要
・ 合併の際は株主総会の特別決議が必要だが、会社法215条Dに規定されている内容を定款に定めれば不要
・ 支払能力証明書は作成不要
・ 新聞上の公告不要
以上のように、通常の合併手続より簡略化されています。これは、合併消滅会社の株主総会を合併存続会社が支配している状況を考慮し、通常の合併における合併消滅会社の株主・債権者保護のための規制を一部緩和させるための規定となります。
なお、日本では、議決権の90%以上を親会社が保有している場合に略式組織再編(略式合併等)が可能です。日本とシンガポールとの略式組織再編行為の法規制の違いを認識しておく必要があります。
■ スキーム・オブ・アレンジメント
スキーム・オブ・アレンジメントとは、会社の資本再編や債権者・出資者との利害調整、グループ会社の合併または再編など、さまざまな目的および用途に用いられる組織再編の手法です。シンガポールでは合併よりもスキーム・オブ・アレンジメントの方が多く利用されていますが、会社法210条に基本的な規定があるだけで、詳細については、会社法上明文化されていません。
スキーム・オブ・アレンジメントを行うためには、次の手続を行います(会社法 210条3項)。
① 被買収企業は、シンガポールの裁判所に、企業の債権者(全部または一部)による債権者集会または株主(全部または一部)による株主総会の開催申立を行う。
② 被買収企業は、債権者集会または株主総会において買収スキームを説明する。
③ 債権者集会・株主総会で、議決権の75%以上の賛成によって可決される。
④ 裁判所の承認があり、その承認のコピーが会計企業規制庁に提出された時点で、当該買収スキームの法的効力が生じる。
なお、 スキーム・オブ・アレンジメントは、シンガポールで設立された会社のみに適用できる規定ですが、他の買収スキームとは明らかに異なる点があります。それは、被買 収企業自身で手続を行うという点です。買収企業が主導で行う場合、M&Aが成立してもしなくても、お互いの関係性が崩れる可能性があります。しかし、スキーム・オブ・アレンジメントの場合、被買収者が主導で買収手続を進めるため、買収当事者間の関係が友好的でないと成立しません。
また、シンガポール国外企業がシンガポール国内企業をスキーム・オブ・アレンジメントによって買収するとき、当該国外企業の株式がシンガポールで上場されていない場合は、買収者の株式を交付することは 実務上、想定されていません。国外企業の株式が非流動的であると判断されてスキーム・オブ・アレンジメントが失敗に終わる可能性が高いためです。
■ 株式売渡請求権
株式売渡請求権とは、株式の取得後、買収者が少数派株主から株式を強制的に買い取る制度です。この制度は、買収開始時から4カ月以内に、対象企業株式の90%以上(ただし、買収開始時に買収者自身が保有していた株式および自己株式を除く)の保有者から買収者が対象企業株式を取得することを承認され、その後2カ月以内に買収に反対する株主に通知することが、適用要件となります。
株式売渡請求権を行使する場合、買収者は原則として既に取得した株式と同様の条件で(価格を含む)、反対株主の株式を取得しなければなりません。また、反対株主は株式売渡請求権行使の通知を受けた日から1カ月以内または反対株主のリストを取得してから14日以内のいずれか長い方の期日まで、裁判所に対して株式売渡請求権の行使に対する異議を申立てることが認められています(会社法215条(1))。反対株主は、株式売渡請求権の行使の通知を受けた場合、通知を受けた日から1カ月の間は、他の反対株主のリストの開示を買収者に対して書面で要求することができません(買収者は、係るリストの送付から14日間は株式売渡請求権を行使できません)。この場合、株式売渡請求権の行使の可否は裁判所の判断に委ねられます。
買収者は、「株式売渡請求権行使の通知がなされた日から1カ月経過後」「反対株主が反対株主のリストを取得してから14日経過後」「裁判所に対する異議申立が継続中の場合はその申立手続が終了した後」に、反対株主を代理する者および買収者との間で締結された譲渡証明書とともに株式売渡請求権行使の通知書のコピーを対象企業に送付します。送付後、株式売渡請求権の行使により取得する株式の対価を対象企業に支払います。
■ スクイーズ・アウト
シンガポールの会社法上では、株主総会の決議において90%以上の賛成がある場合は、少数派株主が保有している株式の売渡請求をすることができます。しかし、この規定を利用するためには、自己の持株比率(議決権比率)を90%以上にしなければなりません。
株式の取得の方法としては、強制的公開買付による取得あるいは任意的公開買付による取得があります。強制的公開買付は、買収者が50%超の議決権を保有する数の株式を応募するという 条件しか付すことができず、90%以上の株式取得は不可能です 。一方、任意的公開買付による場合は、応募数の下限が買付書類に明記されており、買収者が証券業協会(SIC:Securities Industry Council)の了承を得ることにより応募数の下限を引き上げることができるようになっています。これにより、応募数の下限を90%以上と設定することも可能です。
■ 自己株式を対価とする株式公開買付
自己株式を対価とする株式公開買付(TOB :以下、自社株TOB)については、日本においてもシンガポールにおいても実施できます。しかし、シンガポールにおいて自社株TOBを成功させるためには、自社の株式に流動性があるこ とが求められるため、シンガポール証券取引所に上場していることが前提条件になります。
■ シンガポール会社法 76条
シンガポールの会社法では、親会社株式の取得が禁止されています。したがって、合併において親会社株式を対価とする場合 、取得が許されている日本とは異なり、三角合併を行うことができません。
■証券先物法
証券先物法では、インサイダー取引について規定があります。また、当該法に基づいてシンガポール買収および合併規約(SingaporeCode on Take-overs and Mergers:以下、買収規約)、シンガポール証券市場の上場規則(Singapore Exchange Securities TradingLimited Listing Manual:以下、SGX上場規則)が公布されています。
買収規約は、シンガポール金融管理局により、証券先物法のセクション321に従って発効されました。法的効力はなく、また非上場企業には適応されません。上場企業の買収を行う場合の一般原則および手続などが定められています。なお、この規約が適用されるのは、以下の場合です。
(a) シンガポールで上場している会社を獲得する場合(外国にて設立された会社を含む)
(b) シンガポールで設立された、株主数が50名以上かつ純資産500万Sドル以上の会社の会社支配権を獲得する場合
SGX上場規則は、上場企業の開示義務や買収における必要な手続について規定しています。
■ インサイダー取引規制
インサイダー取引については、日本においても金融商品取引法の中で厳しく規制されています。シンガポールにおけるインサイダー取引の規制内容は、次のとおりです。
株式の買収者は、対象企業の株価影響情報を保有し、かつ、それが株価影響情報であると認識している場合は、それが公表されるか、その情報が株価影響情報でなくなるときまで、対象企業株式取引を行うことはできません(証券先物法218条、219条)。株価影響情報とは、「公開されていない交渉中の案件」など一般に入手できない情報で、仮に公表された場合は株価に重大な影響を与える情報をいいます(218条(1)(b)、219条(1)(b))。
なお、 インサイダー取引規制の対象となる情報は、証券先物法に列挙されていますが、例示列挙にすぎません(214条Information)。
したがって、特定の情報が規制対象となるか否かは、株価に影響を及ぼすか否かという規範に沿って実質的に判断されます。
■ 買収規約
買収規約は、証券先物法に基づきシンガポール通貨金融庁(MAS:Monetary Authority of Singapore)が作成します。
この規定は、SGXに上場している会社(外国会社含む)の支配権を取得する場合における一般原則や手続等を定めています。たとえば、公開買付を行った場合、この規定の適用を受けます。
[強制的公開買付](買収規約14 条)
シンガポールの上場企業の株式を取得し、一定以上の議決権を取得する場合には買収者および共同保有者は公開買付を行わなければなりません。具体的には、以下の2つの規定があります。
(a) 買収者が共同保有者の保有または取得する株式と併せて、被買収企業の議決権の30%以上を取得した場合(買収規約14条1項(a))
(b) 買収者および共同保有者が、被買収企業の議決権の30%以上50%以下を保有しており、かつ6カ月の期間内に1%超の議決権を取得した場合(買収規約14条2項(b))
強制的公開買付においては、原則として買収者および共同保有者が、併せて50%超の議決権を保有し得る株式数の応募を受諾したという条件を必ず付さなければなりません。また、これ以外の条件を付すことはできません(14条2項(a))。
強制的公開買付による対価は現金のみか、現金と現金以外の資産です。また買収価格は、公開買付開始直前の6カ月間に買収者または共同保有者が支払った価格のうち最高値以上の価格でなければなりません(14条3項)。
[任意的公開買付](買収規約15 条)
強制的公開買付の義務が生じない場合、買収者が任意で公開買付を行うことがあります。これを任意的公開買付といい、強制的公開買付と同じく、買収者および共同保有者が併せて50%超の議決権を保有し得る株式数の応募を受諾することを条件として付さなければなりません。なお、以下の条件のもとで、応募数の下限「50%超」の数字は上げることができます。(買収規約15条1項)
・ 応募数の数値の上限が公開買付書類の中に明示的に記載されていること
・ 買収者が誠意を持った行為に基づき高い下限値を設定し、そのことについてシンガポール証券業評議会から一定の評価を得ること
公開買付を公表する際、買収者は買収規約3条5項に定められている事項を開示しなければなりません。具体的には、以下の事項となります。
・ 公開買付の条件
・ 買収者、および買収者の最も重要性の高い支配株主
・ 公開買付の対象となる証券、対象となる証券に転換可能な証券の詳細
・ 公開買付の対象となる証券を引受ける権利または係る証券に関するオプションで、以下の(a)~(c)の条件が合意されている証券の詳細
(a)買収者により保有もしくは支配されている。
(b)買収者の共同保有者により保有もしくは支配されている。
(c)買収者もしくは共同保有者に対して応募する。
・ 公開買付に付されているすべての条件
・ 公開買付に重要な影響のある買収者または対象企業の株式に関する合意の詳 細
・ 公開買付の対価の全部または一部が現金である場合は、フィナンシャル・アドバイザーまたは第三者による公開買付に対して全株主から応募があった場合でも、十分な買収資金を買収者が調達可能である旨
シンガポールで公開買付を行う場合、実務上の慣行がいくつか存在します。たとえば、友好的買収の場合、公開買付の開示と株主に対する書類の交付は、買収企業と対象企業(ターゲット)とが共同で行います。また、フィナンシャル・アドバイザーが買収者の代理として公開買付を行うため、書類も、フィナンシャル・アドバイザーが買収者の代理人として作成・公表します。
[タイムテーブル](買収規約22 条)
次表は、シンガポールにおける公開買付の日程表です。
オファー・ドキュメント(株式公開買付公示文書)の送付
原則としてオファーを発表した日から14 ~ 21日間のうちに、オファー・ドキュメントを送付しなければなりません。また、オファー・ドキュメントの日付は、送付日より3日以内のものでなければなりません。仮にこの期間内に送付できない場合、買い手は証券業協会(SIC)に事前に相談しなければなりません。
買収対象企業の取締役会回状の送付
買収対象企業の取締役会は、オファー・ドキュメントが送付されてから14日以内に、オファーに対する見解を、当該企業の株主に伝えなければなりません。
初回締結日
オファーはオファー・ドキュメントが送付された日から最低28日間は公開する必要があります。
次回締結日の決定
オファーの延長発表の際には、次の締結日を決定しなければなりません。また、仮にオファーが無条件で受け入れられた場合、次の連絡があるまでは、オファーが引き続き公開されていることを表明しなければなりません。この場合、オファーを受け入れない株主に対しては、遅くともオファーが終了する14日前までに、終了を知らせる書面を送付しなければなりません。
延長義務の免除
初回とその後のオファー締結日に受け入れられなかったオファーは、それ以降、延長する義務はありません。
無条件受入後のオファー公開
オファーの無条件受入後、少なくとも14日間はオファーを公開する必要があります。オファー成立もしくは無条件受入前で、仮に、終了日より起算して14日以前に終了する旨をオファー申込者が株主に書面にて通知した場合、当該ルールは適応されません。ただし、競争がある場合は、オファー終了の書面通知は効力を生じません。また、このルールは、申込者が オファー・ドキュメントに初回終了日を超えて延長しない旨を記載していない限り、 オファー・ドキュメントを送付する以前にも適用されます。
延長の禁止
仮に終了日に関する表明が含まれたドキュメントが買収対象企業の株主に送付された場合、申込者はその後、その終了日を延長することはできません。
買収対象企業による公表
買収対象企業の取締役は、初回のオファー・ドキュメントが送付されてから39日間は、事業の結果、予想配当、資産評価額や主要取引について公表をしてはいけません。
最終日ルール
オファードキュメントを送付してから60日目の午後5時30分以降、オファーを無条件で受け入れることはできません。ただし、証券業協会の許可を得れば60日の期間を延長することができます。
その他の条件を満たすための時間
証券業協会から許可がある場合を除いて、前述した条件を満たさなければなりません。オファーは初回終了日から21日以内、もしくは、無条件の受入日のどちらか、最終となる日までに終了しなければなりません。
■ SGX上場規則
SGX上場規則は、証券先物法に基づきシンガポール金融庁の承認を得てSGXによって作成された規則であり、主に上場企業の開示義務や買収における必要な手続について規定しています。たとえば、以下のような規定があり、これらは新株発行においても留意すべき点です。
・ 包括的承認に基づく新株発行に関して、主要株主等に対する発行はできない(SGX上場規則812条1項、2項)。
・ 第三者割当による株式発行数の上限、具体的には発行済株式総数20%までとなる(806条2項)。
・ 対価の金額の下限、具体的には原則引受契約の締結日において
SGXで取引された対象企業の株式価格の加重平均に対して10%を超えて低い価格とすることはできない(811条1項)。
■競争法
競争法とは
シンガポールで2004年10月に制定された競争法(the Competition Act)は、日本の独占禁止法に相当します。
競争法を管轄・執行しているのはシンガポール競争・消費者委員会(Competition and Consumer Commission of Singapore:以下CCCS)という政府機関です。
CCCSの前身は2005年に設立されたシンガポール競争委員会(CCS)で,2018年4月にその名称がCCCSへと変更され,その権限に消費者保護(公正取引)法(Consumer Protection (Fair Trading) Act:CPFTA)の執行も含まれることとなりました。
シンガポールの競争法は、市場を効率的に機能させること、シンガポール経済の競争力強化および消費者保護を目的として作られており、第54条~第60条にはM&Aに関する規定があります。
「Mergers」と題されたこの規定で、シンガポール市場のバランスを崩し、市場競争力を著しく低下させるようなM&Aを規制しています。
ガイドラインと手続き
CCCSは競争法遵守の具体的な措置として、12のガイドラインを発行しています。
https://www.cccs.gov.sg/legislation/competition-act
この中、「合併の実質的審査に関するガイドライン(CCCS Guidelines on the Substantive Assessment of Mergers)」、「合併手続きに関するガイドライン(CCCS Guidelines on Merger Procedures)」および「市場画定ガイドライン(CCCS Guidelines on Market Definition)」がM&Aに深くかかわってきます。
この中、「合併手続きに関するガイドライン」によれば、以下のような合併は市場占有率の観点で競争法第54条に抵触すると見做されます:
①企業結合後の市場シェアが40%以上となるような合併
②結合後企業の市場シェアは20%から40%未満の間にとどまるが,合併後の当該企業を含む市場上位3社の合計シェアが70%以上となるような合併合併
手続きとしては、まず、合併を行おうとする事業者は、上記ガイドラインの基準に該当する恐れがないかどうか自己判断を行い、その恐れがある場合には事前にCCCSに通知を行うこととされています(競争法第57条第1項)。競争法に抵触しないことが明らかである場合は、通知を行わなくとも問題ありません。
CCCSはこの通知を受けて、当該合併が競争法第54条に抵触しないか判断します。
もし、上記条項に抵触すると判断された場合は、CCCSが貿易産業省(MTI)に対し、上記第54条の適用除外である、「公共の利益」に当たると報告し、MTIがその合否を判断します。
CCCSへの通知を行わなかった企業が、競争法第54条に抵触すると判断された場合、CCCSから以下のような対応が取られます:
・買収の取消指導
・違反当事者に故意または過失があった場合は、違反当事者の過去3年間における最高売上高の10%を上限とする課徴金の納付(競争法第69条)
競争法の適用を免除される場合
上記の枠組みは、実質的にはかなり厳しい規則と言えます。そのため、多くの免除条件が設けられています。
その一つが、「合併不該当」というものです。下記のいずれかに該当する場合には,他の事業の支配権を獲得しても,競争法が禁止する合併に該当しないと見做されます(第54条第7項~第9項):
・管財人,清算人または引受人としての立場で事業を支配することになる場合
・買収対象の企業が,元々同一事業者の直接的または間接的支配下にある場合
・故人からの贈与、または共同経営下のうちの生存者への権利の帰属の結果として支配権が生じた場合
・支配権の取得が,自社または他社のための有価証券取引を日常的に行う者による、売買目的の有価証券取得による結果であり、市場に影響を与える目的がない場合
また、競争法自体が認める特別な場合として、以下の場合は競争法第54条が適用除外になるとされています(第55条及び別表第4):
・法令に基づいて,各大臣が承認した合併(別表第4第1項第a号)
・法令に基づいて,シンガポール通貨監督庁(MAS)が承認した合併(別表第4第1項第b号)
・その他規制機関の管轄下での競争に関する法令に基づいた合併(別表第4第1項第c号)
・合併による経済効果が,合併による競争制限効果を上回る場合(別表第4第3項)
更に、競争法は政府及び特別な法律で設置された法人、またそれらの委託を受けて業務を行う者については適用を除外されます(第33条第4項)。
これに類似して、郵便,上下水道,鉄道,バス等についても,競争法の適用除外対象とされています(第35条,第48条,第55条及び別表第4第6項第2号)。
■現地会計基準(国際会計基準コンバージェンス)
シンガポールでは、現在自国の会計基準(FRS:FinancialReporting Standards)を採用しています。FRSと国際財務報告基準(IFRS)との大きな差異は、①不動産の建設に関する契約(IFRIC15号:Agreements for the Construction of Real Estate)と②協同組合に対する組合員の持分および類似の金融商品(IFRIC2号:Members’ Shares in Co-operative Entities and SimilarInstruments)の2点です。いずれも、M&Aを実行するに当たって直接関係する基準ではありません。したがって、M&Aを行う場合の会計処理は、 IFRS( IFRS3号「企業結合」、 IFRS11号「共同支配の取り決め」、IAS28号「関連会社および共同支配企業に対する投資」)に準拠することになります。
また、2012年までに自国で上場する企業で採用される会計基準のIFRSへのフルコンバージェンスを目指していましたが、2014年時点では実行されておらず、2018年に上場企業に対してフルコンバージェンスを完了させる予定となっています。
M&Aのプロセス
M&Aの実行段階においては、前述の要件を十分に考慮し、できる限り迅速に取り組む必要があります。基本的なプロセスは国内でのプロセスと大きな違いはありませんが、意思決定に多大な時間を要した 結果、経済情勢の変化によって条件の見直しを余儀なくされる事例も散見されます。本章では、M&Aの実行プロセスを検証し、タイムス ケジュール策定の参考にしてください。
■意思決定フェーズ
[ M&A 戦略の策定 ]… ①
トップマネジメントによる新市場への進出の意思決定プロセスにおいては、以下の点を熟慮し整理して具体化を進める必要があります。
この段階では、目的・評価が定性的になりやすく、関係者の情報共有を阻害しがちです。各人の情報の理解に食い違いが起こると、社内に不要な軋轢が発生し、タイムスケジュールの大幅な見直しを余儀なくされるため、できるだけ定量化して合理的な判断を可能にしていく努力が必要になります。
また、情報の機密性の観点からもフィージビリティー・スタディー段階から外部のアドバイザーを利用し、情報管理して行くことも一考 です。
[ 取締役会または投資委員会の承認 ]… ②
海外事業担当、プロジェクトメンバーおよび外部アドバイザーの報告を受け、自社の市場参入目的に適う投資額・時期をトップマネジメントが承認します。このとき、積極的進出か追随的進出かにより大きく条件は異なりますが、回収性の評価方法と撤退条件についても関係者間で共有しておきます。
[対象会社の情報収集 ]… ③
トップマネジメントの承認を受け、担当者はM&A戦略に沿う買収対象会社/ジョイント・ベンチャー・パートナー候補の情報を広範な情報ソースを利用して入手する段階に入ります。一般に経済環境の成 熟した欧米や日本国内においては、業界団体・行政等のリストが既にあり公開されていることも多いですが、シンガポールや香港においては自社で情報収集に当たる必要があります。また、経済環境の動きが 早いため既存の情報が判断材料となりにくい例も見受けられます。特 に黎明期にある業界においては、対象先を幅広く挙げたロングリストが作成できない場合も起こり得るので、リスト自体の情報精度にあまり神経質にならず、割り切りのもとで一定の絞り込みに入る必要があります。こうして対象会社を数社に絞ったショートリストが作成され ますが、これを基にさらに現地情報の収集に当たることになります。 この際、一次情報の入手には英語、中国語、広東語に堪能な担当者を確保することが必要となりますが、担当者が現地に赴き裏付けを取ることも必要なコストとして投資します。
一方で、一定の情報を常にプールしている金融機関からは、多くの候補先の紹介を受けることがあります。ただし、スクリーニングが行われていないものも多く、自社の情報咀嚼能力が問われます。他方、コンサルティング会社やM&Aアドバイザーの活用は一定のスクリーニングを経た情報のリストが入手できるほか、ローカライズされ判断をしやすい情報になっていることも多く、意思決定プロセス上においては一定のメリットがあります。
■初期交渉フェーズ
[ 買収対象会社/ジョイント・ベンチャー・パートナーの接触・打診 ]… ④
前述のショートリストの作成後、いよいよリスト上の企業と接触し候補先の外国企業の買収/ジョイント・ベンチャーについての可能性を探ります。
秘密保持契約
交渉の初期においては、会社名を伏せて匿名での接触でも可能ですが、候補先に買収/ジョイント・ベンチャーに関して交渉の余地がある場合においては、秘密保持契約を締結し交渉に当たります。
自社情報の開示
秘密保持契約締結後は、最低でも以下の情報を記載したレジュメを用意し、まず自社の意思を相手に表明して打診をします。
<会社規模、事業内容、会社の物的基盤、株主構成、沿革、M&Aによる進出の目的>
交渉人の固定
候補先との交渉に当たっては、十分な語学力に加え、相手から信頼を得られるだけの人間力が求められます。複数回にわたる初期の交渉には、交渉人を固定し自社のトップマネジメントからの委任状を提示して、信頼感を醸成した方が結果的にうまくいく場合が多いです。
交渉手順の明示
一般的に候補先との交渉開始に当たっては、秘密保持契約の締結に始まる一連の交渉手順をあらかじめ明示しています。これは候補先との手順やタイムスケジュールが合わず、交渉が頓挫する例が散見されるためです。
アドバイザーの存在
交渉フェーズにおいては、M&Aアドバイザーが機動的に役割を果 たします。一般に日本企業がシンガポールや香港現地の文化まで理解し、言語能力・交渉能力に長けた人材を保有している例は稀であり、 交渉人の選定に苦慮している状況が見受けられます。さらに、同族企 業が多く売却・資本参加に理解のあるオーナーが少ないシンガポールや香港においては、M&Aアドバイザーはローカルルールに精通し、 同時に複数の機会を活用して、機会損失を防ぐメリットを提供してくれます。
[ プレバリュエーション ]… ⑤
候補先との接触・交渉において、両者のプロセス進行への意思確認ができれば、買収企業は簡易的なデューデリジェンスを実施し、買収候補先の実態およびM&A後の将来を見極める必要があります。
[ 基本合意条件交渉、基本合意書(LOI)の締結 ]… ⑥
プレバリュエーションの結果を踏まえた買収価格の基本的考え方を 双方で確認し、M&Aの実行の意思合意がされた時点で、その合意内 容を基本合意書(LOI:Letter of Intent)に明示し文書化します。記載内容は以下のとおりです。
•買収価格(Purchase Price)
•重要な買収条件(Significant Purchase Conditions)
•スケジュール
•表明、保証(Representations and Warranties)
当該LOI以前に得た情報が事実に反する場合には、提示側の表明・ 保証違反となり相手側による当該契約の解除や損害賠償などの請求を可能とする補償条項が規定されることが多くあります。買収・売却双方にこの規定が適用されるため、株式交換による M&Aの場合には売却側から株式の値下がりを懸念し、買収側の現在から将来にわたる事 業内容と成長性に関して表明、保証を要求されることがあります。
表明、保証の対象となる事項は、株式譲渡契約の場合、買収対象会 社の株主関係、財務状況、保証債務、訴訟の係属等があります。
デューデリジェンスの範囲
財務・税務、ビジネス、法務、人事、IT、知的財産、環境等、着目するポイントはさまざまありますが、案件に応じてデューデリジェンスを行う領域を設定しておきます。
公表
両社間の交渉については、最終契約書の取り交わしまでは交渉の当事者を固定し、他言の禁止を課して交渉を進めます。株主・従業員・ 金融機関・取引先等のステークホルダーへの情報公開については、そ の時期・方法・公開内容について、双方で設定しておきます。
優先交渉権の制定
M&Aの交渉においてはデューデリジェンス等、多くの時間と費用 を伴うため、同時期に複数の買収企業が参加すると経済的損失が大きくなります。交渉期間中の他者参入リスクを回避するため、第三者への条件交渉の禁止を含む優先交渉権の制定をすることがあります。
準拠法、管轄および言語
日本とシンガポール・香港との交渉において、日本語・英語・中国 語・広東語といった言語間での相互の不利益を回避するため M&A当 事者間の合意に基づき、契約の際、使用する言語を定めます。
■最終交渉フェーズ
[ デューデリジェンス ]… ⑦
LOIの締結後、デューデリジェンスを行い最終条件の作成を行います。買収/ジョイント・ベン㋠ャー設立の際に一般的にデューデリジェンスの対象となる項目を別表にあげます。
[ 最終交渉および最終契約締結 ]… ⑧
デューデリジェンスに基づき、最終的な詳細条件が双方合意のもと整理されます。このとき買収側が最終契約書(DA:Definitive Agreement)のドラフトを作成し、売却側に提示します。ここでの 最終契約書とは株式譲渡がある場合は株式譲渡契約書を指します。次にM&Aでの最終契約書の主項目と目次の実例を挙げます。
M&Aに関する税務
シンガポールのM&Aは、資産を取得する方法と株式を取得する方法に大別できますが、それぞれの方法でかかわる税制に違いがあります。
■ 資産取得(事業譲渡)
資産取得にかかわる税制には、所得税と印紙税があります。資産を売却する側では、資産売却益に所得税が課税されます。また、売却される資産が有形の資産であれば印紙税が課税され、双方の合意がない限りは、買い手側が負担するのが一般的です。設備投資税額控除に適用される資産もありますが、条件により、その控除が取消される場合もあります。
[のれん]
のれんの償却費は、課税所得から控除することができません。
[設備投資税額控除(減価償却費控除)]
所得税法(ITA:Income Tax Act)では、納税者の事業に使用される資産の資本支出については、税務上、初回および年間控除(減価償却費控除)が認められています。
税務上の設備投資税額控除における、施設および機械の耐用年数は5年、6年、8年、10年、16年に分けられます。特定の建物の建設および改築については、25%の初回控除および5%の年間控除が可能です。
施設および機械(例外あり)は、3年間の加速償却法で税務上減価償却することが可能です。ロボットやコンピュータなどの自動化装置、工場やオフィスに設置された発電装置、公害防止設備などは1年で税務上減価償却可能です。また、1,000Sドル以下の特定の固定資産も同様に、1年で税務上減価償却可能です。ただし、すべて合わせて1年で3万Sドルまでとなっています。
2011~2015年の間、企業は生産性、革新性控除を受けることができます。これは、ある特定の活動にかかわる資本支出について、追加で課税年度の支出額をベースに3倍の設備投資税額控除を受けることができるというものです。ベースの支出額は40万Sドルまでとなります。また、160万Sドルまでであれば、追加の活動で、投資税額控除を受けることができます。
[繰越欠損金・繰越設備投資税額控除]
資産取得の場合、ターゲット企業の繰越欠損金、繰越設備投資税額控除を引き継ぐことができません。
[商品サービス税]
通常、商品サービス税の登録企業の商品、サービスには7%の商品サービス税が課税されます。資産の移転が、今後継続する事業の移転とみなされた場合、商品やサービスの提供とみなされないため、課税されません。今後継続する事業の移転と証明するには、事業を譲り受けた側が、譲り渡した側で行われていたときと同じ種類のビジネスのために資産を使用しなければならず、シンガポール内国歳入庁(IRAS:Inland Revenue Authority of Singapore)に対して、これを証明できない場合は、売却益に対して7%の商品サービス税を支払います。
■ 株式取得
2010年、シンガポール財務省はM&Aによるシンガポールでのビジネスの成長のために、M&Aスキームと呼ばれる施策を導入しました。その一貫として、M&A控除(M&A Allowance)と印紙税救済(Stamp Duty Relief)と呼ばれるものがあります。このM&Aスキームは、資産取得(事業譲渡)には適用されません。
[M&A 控除]
M&A控除とは、2010年4月1日〜2015年3月31日の間、条件を満たすM&A取引は、買収価格の5%を5年にわたって償却することができるというものです。各年500万Sドル(1億Sドルの5%)が上限となっています。
M&Aスキームの対象となる要件には以下のようなものがあります。
ターゲット企業における株式保有率
仮に買収前に、買収企業が保有しているターゲット企業の普通株式保有率が50%未満の場合、買収後に50%を超える必要があります。
また、買収前に普通株式保有率が50%を超え、75%未満である場合、買収後には75%以上となる必要があります。
A)買収企業
① 買収企業はシンガポールで設立され、税務住民(Tax Resident)である必要があります。企業の事業の支配と管理がシンガポールで実施されていれば税務住民となります。一般的に、外国企業のシンガポール支社は、支配と管理が海外の親会社に帰属するため、シンガポール税務住民として扱われません。
② 買収企業がグループ企業に所属する場合、その究極持株会社(Ultimate Holding Company)もまた、シンガポールで設立され、税務住民である必要があります。
③ 買収日に、シンガポールで事業を行っている必要があります。
④ 最低3名のローカル社員(取締役を除く)を買収日から遡って12カ月間雇用している必要があります。また、買収日から遡って2年間はターゲット企業との関連がない必要があります。
B)買収
2012年2月17日~ 2015年3月31日の間に完了するM&A取引であれば、その子会社が買収企業によって間接的に保有されていてもM&Aスキームの対象となる要件を満たす可能性があります。次の①~③の要件を満たすことに加えて、その子会社は、他の会社株式を保有する目的で 設立されていなければなりません。
① 買収企業の子会社は、M&AスキームにおけるM&A控除と印紙税救済を受けてはいけません。
② 買収企業の子会社は、買収日において、シンガポールまたはその他の場所で事業を行ってはいけません。
③ 買収日において、買収企業によって直接的または完全に保有されている必要があります。
C)ターゲット
① 買収日において、シンガポールまたはその他の国で事業を行っている必要があります。
② 最低3名のローカル社員(取締役を除く)を買収日から遡って12カ月間雇用している必要があります。
上記の要件は、ターゲット企業が直接的または完全に保有する子会社によって満たされる可能性があります。また、2012年2月17日~2015年3月31日の間に完了するM&A取引であれば、ターゲット企業が間接的に保有する子会社によっても満たされる可能性があります。
[印紙税救済]
2010年予算案にて、2010年4月1日~ 2015年3月31日の間で、要件を満たしたM&A取引については、年間20万Sドルまでの印紙税救済を受けることが可能となりました。さらに、2012年予算案では、以下のような印紙税救済のさらなる強化が行われました。この強化は、2012年2月17日〜2015年3月31日において有効となっています。
①子会社を通した買収
2012年予算案以前は、買収企業は直接的または完全に保有している子会社を通してターゲット企業を買収するケースのみが要件を満たすことができていました。しかし、2012年2月17日より、子会社のみならず、完全に保有している孫会社以下の階層にある会社を通したターゲット企業の買収においても、要件を満たすことが可能となりました。
②ターゲット企業(被買収企業)の要件
2012年予算案以前は、ターゲット企業もしくは直接的または完全に保有している子会社のみが印紙税救済の要件を満たすことができていました。しかし、2012年2月17日より、子会社のみならず、完全に保有している孫会社以下の階層にある会社も条件を満たすことが可能となりました。
③究極持株会社
買収企業は、シンガポールに設立された、税務住民である究極持株会社によって保有されていなければなりません。しかし、2012年2月17日より、場合によってはこの要件が免除されることになりました。この免除は、経済開発庁(Economic Development Board)によって管轄されています。
印紙税救済が確定されるまでは、一旦印紙税を支払う必要があります。当該M&A取引が印紙税救済の要件を満たした後に、シンガポール内国歳入庁から支払った印紙税が払戻されます。
[繰越欠損金]
ターゲット企業の繰越欠損金は将来の課税所得と相殺が可能ですが、株主継続テストの対象となります。株主継続テストでは、発行株式の50%以上が同じ株主によって保有されている必要があります。
株主継続テストの意図は、繰越欠損金のある会社を、税務メリットを目的として買収することを防ぐことにあります。株主構成が大きく変化する状況で、シンガポール財務省の担当者などに、株主継続テストの免除を訴えることもできますが、財務省は省自身のメリットをベースにその訴えを検査します。そのため、テストの免除を受けた場合であっても、欠損金を出した事業と同じ事業の利益に対してのみ相殺できるといった制約が付されます。
シンガポールのM&A動向
■概要
シンガポールは、東南アジアにおける経済、物流ならびに金融の中枢として発展してきました。シンガポールが中国やタイ、インドネシア等のアジア諸国とのネットワークの中心となるため、国土面積が小さくても(東京都とほぼ同じ面積)ヒト・モノ・カネの動きが活発と なっていったのです。
また、他のアジアの国々にあるような外国資本の流入を規制する外資規制が一部の業種を除き存在しません。ここには、外資のシンガポール国内への参入に関して政府が支援するという国策が現れていま す。また、法人税率が 17% であり、業種によっては軽減税率を適用 することが可能ですので、節税策にもなります。そのため、アジアに 統括拠点を設立する場合、シンガポールを選択する企業が多くなります。
■シンガポールの企業環境
シンガポールは、他のアジア諸国よりも上場市場や経済環境が比較的成熟したものとなっています。そのため、アジア諸国をメインとしてビジネスを行う会社であればシンガポールの法人を持株会社や地域統括会社として、シンガポール証券取引所(SGX:Singapore Exchange)に株式上場を行っているケースが多くなっています。
2019年6月末時点での上場企業 791社のうち外国企業の数は 114社(約 14%)でした。
上の図を見てもわかるように、上場企業の数は東京証券取引所の方が約3倍の数ですが、上場企業は減少傾向にあります。一方、シンガポールの上場企業数は年々伸びてきました。このデータの違いを分析すると、シンガポールは規模の大きさはまだ東京に及んではいませんが、市場の成長度は上昇傾向にあります。このことから、シンガポー ルに資金が流れ込み、その資金を目的に企業が周辺各国から集まるというプラスの循環が生じているのが、シンガポール市場です。
■シンガポールのM&A事情
次のグラフは 1990 ~ 2013 年の間に、シンガポールで行われたM&Aのうち、公表されているM&Aの件数および金額の推移を表したものです。シンガポールでのM&A件数は、周辺各国と比較して、 多くなっています。その理由としては、前述したとおり外資を積極的に取り込む政策をとっていることで、外国企業がシンガポールの企業への投資意欲が高いことが主な理由として考えられます。また日本企 業にとっては、日本の法人税率よりシンガポールの法人税率の方が低 いことや、経済環境や公共インフラなどが他の東南アジア諸国と比較 すると日本に一番近いことも日本企業にとってはポジティブな要因と なっています。
シンガポールの投資規制環境
■ネガティブリスト(外資規制)
シンガポールは、外国資本を自国内に引き込む姿勢をとっており、 外国資本に関する規制は一部を除き設定されていません。したがっ て、投資優遇策については、シンガポール国内資本と国外資本との間では差は生じていません。
規制対象となる業種は以下の各業種となります。
■メディア業
放送や新聞等では、外資による出資制限や外国人の取締役就任が制限されています。また、国内外にかかわらず、一定の出資割合を超えた株式・議決権の取得または保有、処分を行う場合、事前承認が必要となります。
■インフラ業
電気事業やガス事業は、法律上、国外資本の参入を制限していません。ただし、シンガポールにおいて送電・配電を受け持つ会社が1社しかいないことが新規参入の障壁となっています。
■M&Aに関する法整備の状況
シンガポールにおけるM&Aに関する手続や規制は以下のものに記載されています。
■シンガポール会社法
M&Aのあらゆる手法を行う場合、基本となるべき法規制はシンガポール会社法(Companies Act:以下、会社法)に記載されています。なお、日本の会社法において規定されている株式交換、株式移転、会社分割は、シンガポールの会社法には規定されていません。
■証券先物法
証券先物法では、インサイダー取引について規定があります。また、当該法に基づいてシンガポール買収および合併規約、シンガポー ル証券市場の上場規制が公布されています。
シンガポール買収および合併規約(Singapore Code on Take- overs and Mergers:以下、買収規約)は、シンガポール金融管理局により、証券先物法のセクション 3 2 1 に従って発効されました。法 的拘束力はありません。上場会社の買収を行う場合における一般原則 および手続などが定められています。未上場企業には適応されません。なお、この規約が適用されるのは、(a)シンガポールで上場している会社(外国にて設立された会社を含む)、または(b)シンガポールで設立された、株主数が50名以上かつ純資産 500万Sドル以 上の会社の会社支配権を獲得する場合に適用されます。
シンガポール証券市場の上場規制(Singapore Exchange Securities Trading Limited Listing Manual:以下、SGX上場規制)は、上場会 社の開示義務や買収における必要な手続について規制しています。
■競争法
競争法では、市場において実質的競争を損なう M&Aを規制しています。
■会社法
会社法には、事業譲渡、新株の発行、合併の規定があります。ま た、組織再編に類似した制度として、スキーム・オブ・アレンジメン トといわれるM&Aの手法があります。それぞれのM&Aの手法に対 して、会社法は個別に法規制を設けています。
■事業譲渡
事業譲渡とは、一定の事業目的のために組織化され、有機的一体としての機能を有する資産および負債の移転をすることをいいます。事 業を譲渡する譲渡会社と事業を譲渡される譲受会社との間で締結する 契約です。
会社法上では、事業を譲渡する側の規制として、実質的にすべての財産または事業の譲渡を行う場合、取締役は株主総会の承認がなければ財産および事業のすべてを処分できません(会社法 160 条)。
■新株の発行
新株の発行とは、すでに発行された株式と同じ種類の株式を追加で 発行することです。この新株発行による増資には、第三者割当有償増 資と株主割当増資があります。第三者割当有償増資は特定の者に対して新株を交付することになり、ターゲット会社によって発行される新 株を取得することで、株主総会の議決権の過半数を獲得し、ターゲッ ト会社を子会社として経営権を支配することが可能となります。
新株発行の法的手続は、日本とシンガポールでは異なります。シンガポールでは、原則株主総会普通決議が必要です。この普通決議は、 特定の新株発行に対して個別的に決議する必要はなく、将来の新株発 行に関しても包括的に承認する形でよいことになっています(会社法 161 条 1・2 項)。この承認の効力は、決議があった株主総会からその後最初に開催された定時株主総会終了時までとなります(161 条 3項)。
一方、日本では、公開会社では取締役会決議(日本会社法 201 条 1項)。非公開会社では、株主総会特別決議が必要です(1 99 条 2項)。
シンガポールにおける新株発行(特に包括的承認に基づく新株発行)では、上記の決議要件の他に次のような留意点があります。
・ 主要株主等に対する発行の禁止
・ 第三者割当有償増資による発行数の上限
・ 対価の金額の下限
・ 議決権保有割合が一定以上である場合、強制的公開買付
[ 主要株主等 ]
主要株主や主要株主等については、SGX上場規制に定義されておらず、会社法の定義によります。
主要株主とは、直接または間接に、自己株式を除く発行済株式数の 議決権の5%以上を有する株式を保有する株主をいいます(会社法 7 条、81 条)。
主要株主等とは、主要株主の他、取締役、主要株主および取締役の直近親族、主要株主の主要株主および親会社や子会社等の関連会社や 関係会社、取締役および主要株主により直接または間接に1 0%以上の持分を保有する会社等をいいます(SGX上場規制 813 条)。
これらの留意点は、会社法以外の法規で規制されているため、「証券先物法」のパートにおいて説明を行います。
■合併
合併とは、2つ以上の会社が契約により 1つの会社に統合されることをいいます。シンガポールの会社法において、吸収合併および新設 合併が可能である点は日本と同じですが、資産負債の一部のみを移転 させることも可能です。そのため、日本における会社分割制度を含んだものといえます。
シンガポールにおいて合併を行う場合、会社法上の規定により
❶裁判所の認可が必要となる合併
❷認可が不要となる合併
の2つがあります。
[ 裁判所の認可が必要となる合併( シンガポール会社法 210 条、 212 条)]… ❶
日本における吸収合併や新設合併を行う場合、日本の会社法では、 株主総会決議、反対株主の株式買取請求権、債権者に対する催告が求 められています。しかし、シンガポールでは、同じ合併によるM&Aでも手続の主導権をだれが握るかによって裁判所の認可が必要となる 場合があります。
[ 裁判所の認可が不要となる合併 ]… ❷
裁判所の認可が不要となる合併には、合併と略式合併があります。 これについては、日本における合併および略式合併と同様の制度となっています。215 条A ~ Jの中に、当該合併および略式合併によって必要となる手続が定められています(会社法 215 条A)。
合併の手続
①合併提案書の作成
合併契約が締結され、その契約に基づき合併提案書が作成されます。合併される企業の住所や株主数や合併後の商号、住所、消滅会社 の株主の取扱、特に取得対価の決定など合併に関する取り決めを合併 提案書に記載します(会社法 215 条B)。
②株主および債権者への通知
合併を行う際に、株主総会で合併に関する決議が行われます。その際、株主が適切に判断できるように、合併提案書のコピーおよび取締 役宣言書のコピー等を合併に関する株主総会を行う 2 1 日前までに株 主に送付する必要があります。
また、合併提案書のコピーは合併当事会社の債権者にも送付されます(会社法 215 条C(4)(5))。
③日刊新聞による公告
②によって株主や債権者には個別に合併に関する通知がされますが、さらに公共の新聞を利用して会社の利害関係者に通知する必要があります。そこで、合併に関する株主総会を行う2 1 日前までに少なくとも1つ以上のシンガポールで公刊されている英語の日刊新聞に合 併に関する情報を公告します。この公告は、会社の情報公開を意図しており、会社の登録事務所その他公告で別途記載する場所にて、会 社の営業時間内に合併提案書の閲覧および謄写ができます(会社法 215条C(5)(b))。
④各合併当事会社の支払能力証明書の作成
各合併当事会社の取締役(取締役会)が、それぞれの合併当事会社 および合併後の存続会社における支払能力証明書を作成します(会社法215条C(2)(b)(c))。
⑤合併に伴う株主総会決議
合併を行う際、原則として株主総会の特別決議が必要です。また、合併提案時に第三者による承認が必要となる条件を付す場合があります。この場合、特別決議による承認と同じタイミングで第三者による 承認を得る必要があります(会社法 215条C(1)(2))。
※シンガポールにおける特別決議の決議用件 シンガポールの会社法上、普通決議・特別決議にかかわらず、定足数は2 名以上の株主の出席が必要です(シンガポール会社法179条(1)(a))。そして、決議に参加した株主の4分の 3 以上の承認により特別決議が可決します(シンガポール会社法 184 条(1)(4)(5)⑥)
⑥合併登記および通知
①~⑤までの一通りの手続を終えると、作成された書類が会計企業 規制庁(ACRA:Accounting and Corporate Regulatory Authority) に登録されます。これにより、合併に関する登記が完了し、その後、 ACRAより合併通知および合併確認証明書が発行されます。
合併に関しては、株主または債権者の異議申立てが裁判所にあった場合、裁判所は当該合併の効力発生の禁止、合併提案書の変更、合併当事会社の取締役(取締役会)に合併提案書の全部または一部を再考することを命じることができます(会社法215条E~G)。
略式合併
略式合併とは、一定の要件を満たした合併契約で、上記の合併手続を行う場合において法定で定められる要件を大幅に簡略することがで きる合併をいいます(会社法 215 条D)。
略式合併と判断されるには、以下の要件のうちいずれかを満たす必要があります。
・ 親会社と完全子会社との合併(ただし、親会社が存続会社になる 場合に限る)
・ 完全子会社同士の合併
略式合併と判断された場合において、上記の①~⑥に関する手続は 以下のように簡略化されます。
・ 合併提案書の作成が不要
・ 株主総会の特別決議が必要だが、会社法 2 1 5 条Dに規定されている内容を定款に定めれば不要
・ 支払能力証明書の作成義務が不要
・ 新聞上の公告が不要
以上のように、通常の合併手続より簡略化されています。これは、 合併消滅会社の株主総会を合併存続会社が支配している状況を考慮 し、通常の合併における合併消滅会社の株主・債権者保護のための規 制を一部緩和させるための規定となります。
なお、日本における略式組織再編(略式合併等)は、議決権の 90% 以上を親会社が保有しているときに略式による手続が可能であ るので、日本とシンガポールとの略式組織再編行為の法規制の違いを意識する必要があります。
■スキーム・オブ・アレンジメント
スキーム・オブ・アレンジメント(SOA:Scheme of Arrangement) とは、会社の資本再編や債権者・出資者との利害調整、グループ会社 の合併または再編などさまざまな目的および用途に用いられる組織再 編の手法です。会社法上では 210 条に基本的な規定があるだけで詳細については、会社法上明文化されていません。
スキーム・オブ・アレンジメントを行うためには、次の手続を段階的に行います。これらの手続は会社法にも規定されています(210 条3項)。
①被買収会社は、シンガポールの裁判所に、会社の債権者(全部ま たは一部)による債権者集会または株主(全部または一部)による株主総会の開催申立てを行う
②被買収会社は、債権者集会または株主総会において買収スキームを説明する
③債権者集会・株主総会で、議決権の 7 5% 以上の賛成によって可 決される
④裁判所の承認があり、その承認の写しが会計企業規制庁に提出された時点で、当該買収スキームの法的拘束力が生じる
なお、スキーム・オブ・アレンジメントは、シンガポールにて設立 された会社のみに適用できる規定ですが、他の買収スキームとは明らかに異なる点があります。それは、被買収会社自身で手続を行うとい う点です。買収会社が主導で行う場合、M&Aが成立してもしなくて もお互いの買収当事者との関係性が崩れる可能性があります。しか し、スキーム・オブ・アレンジメントの場合、被買収者が主導で買収 手続を進めるため、買収当事者間で友好的な関係がないと成立しませ ん。そのため、シンガポールでは合併等よりもスキーム・オブ・アレ ンジメントの方が多く利用されています。
シンガポール国外企業がシンガポール国内企業をスキーム・オブ・ アレンジメントによって買収するとき、当該国外企業の株式がシンガ ポールにて上場されていない場合は、買収者の株式を交付することは 実務上想定されません。国外企業の株式がシンガポール国内におい て、非流動的であると判断されてスキーム・オブ・アレンジメントが 失敗に終わる可能性が高いためです。
■株式売渡請求権
株式売渡請求権とは、株式の取得後、買収者が少数派株主から株式 を強制的に取得できる制度です。この制度は、買収開始時から 4ヶ月以内に、対象会社株式の 90% 以上(ただし買収開始時に買収者自身 が保有していた株式および自己株式を除く)の保有者により買収者が 対象会社株式を取得することを承認され、その承認から 2ヶ月以内に 買収に反対する株主に通知することが適用要件となります。
株式売渡請求権を行使する場合、買収者は原則としてすでに取得した株式と同様の条件(価格を含む)にて、反対株主の株式を取得しな ければなりません。また、反対株主は株式売渡請求権行使の通知を受 けた日から 1ヶ月以内または反対株主のリストを取得してから 14 日以内のいずれかで後になる期日まで、裁判所に対して株式売渡請求権の行使に対する異議を申立てることが認められています(会社法 215 条(1))。
反対株主は、株式売渡請求権の行使の通知を受けた場合、通知を受けた日から 1ヶ月の間は、他の反対株主のリストの開示を買収者に対 して書面で要求することができません(買収者は、係るリストの送付 から 14 日間は株式売渡請求権を行使できません)。この場合、株式売渡請求権の行使の可否は裁判所の判断に委ねられます。
買収者は、「株式売渡請求権行使の通知がなされた日から1ヶ月経 過後」「反対株主が反対株主のリストを取得してから 14日経過後」「裁判所に対する異議申立てが継続中の場合はその申立手続が終了した後」に、反対株主を代理する者および買収者との間で締結された譲 渡証明書とともに株式売渡請求権行使の通知の写しを対象会社に送付します。送付後、株式売渡請求権の行使により取得する株式の対価を 対象会社に支払います。
■スクイーズ・アウト
シンガポールの会社法上では、株主総会の決議において90%以上の賛成がある場合については、少数派株主が保有している株式の売渡 請求をすることができます。しかし、この規定を利用するためには、 自己の持株比率(議決権比率)を90%以上にしなければなりません。 株式の取得の方法としては、強制的公開買付による取得あるいは任意 的公開買付による取得があります。
強制的公開買付による取得では、買収者が 50% 超の議決権を保有 することとなる数の株式の応募を受けるという条件以外は付すことが できず、90% 以上の株式取得はできません。一方、任意的公開買付による場合は、応募数の下限が買付書類の中に明示的に記載されていること、そして、買収者が証券業協会(SIC:Securities Industry Council)の了承を得ることにより、応募数の下限にかかる数値を上げることができます。これにより、応募数の下限を90% 以上とすることも可能になります。
■自己株式を対価とするTOB
自己株式を対価とする株式公開買付(TOB:以下、自社株TOB) については、日本においてもシンガポールにおいても実施することが できます。しかし、シンガポールにおいて自社株TOBを成功させる ためには、自社の株式に流動性があることが必要です。そのため、日 本企業がシンガポール企業の株式を自社株TOBで取得するためには、 自身の株式もシンガポール証券取引所に上場していることが前提条件 になります。
■シンガポール会社法76条
シンガポールの会社法では、親会社株式の取得が禁止されていま す。したがって、合併において親会社株式を対価とする場合、取得が許されている日本とは異なり、三角合併を行うことができません。
■証券先物法
証券先物法は、日本の金融商品取引法に類似した法律であり、上場会社の株式市場に関する規定が記載されています。その中には、公開買付や企業内容の開示制度に関する規定等、投資者保護のためのさまざまな規定があります。
この証券先物法を基本として、M&Aに関する細かい規定が設けられています。具体的には、買収規約とSGX上場規制があります。
■インサイダー取引規制
インサイダー取引については、日本においても金融商品取引法にて厳しく規制されていますが、シンガポールにおいてもインサイダー取引規制が存在します。
株式の買収者は対象会社の株価影響情報を保有し、かつ、それが株価影響情報であると知っているときは、それが公表されるか、その情 報が株価影響情報でなくなるときまで対象会社株式取引を行うことは できません(証券先物法 218 条、219条)。この場合の株価影響情報とは、一般に入手できない情報で、仮に公表された場合は株価に重大な影響を与える情報をいいます(218 条(1)(b)、2 19 条(1)(b))。
なお、インサイダー取引規制の対象となる情報は、証券先物法に列挙されていますが、例示列挙にすぎません(214 条Information)。 したがって、特定の情報が規制対象となるか否かは、株価に影響を及ぼすか否かという規範に沿って実質的に判断されます。
■シンガポール買収および合併規約(買収規約)
買収規約は、証券先物法に基づきシンガポール通貨金融庁(MAS: Monetary Authority of Singapore)が作成します。
この規定は、SGXに上場している会社(外国会社含む)の支配権 を取得する場合における一般原則や手続等を定めています。たとえ ば、公開買付を行った場合、この規定の適用を受けます。
[ 強制的公開買付(買収規約 14 条)]
シンガポールの上場会社の株式を取得し、一定以上の議決権を取得する場合には買収者は公開買付を行わなければなりません。具体的に は、以下の 2つのパターンになります。
(a) 買収者が共同保有者の保有または取得する株式と併せて被買 収会社の議決権の30%以上を取得した場合(買収規約14.1条(a))
(b) 買収者および共同保有者が、被買収会社の議決権の30%以上 50%以下を保有しており、かつ6ヶ月の期間内に1%超の議決 権を取得した場合(14.2条(b))
強制的公開買付においては、原則として買収者および共同保有者が 併せて 50% 超の議決権を保有することとなる数の株式の応募を受諾 したという条件を付さなければならず、かつこれ以外の条件を付すことはできません(14.2条(a))。
強制的公開買付による対価は現金のみか、現金と現金以外の資産 です。また買収価格は、公開買付開始前 6ヶ月間に買収者または共同 保有者が支払った価格のうち最も高い価格を下回ってはなりません(14.3 条)。
[ 任意的公開買付(買収規約 15 条)]
強制的公開買付の義務が生じない場合、買収者が任意で公開買付を 行うことがあります。これを、任意的公開買付といいます。任意的公 開買付は、強制的公開買付と同じく、買収者および共同保有者が併せ て 5 0% 超の議決権を保有することとなる数の株式の応募を受諾する ことを条件として付さなければなりません。また、一定の条件のもとで、応募数の下限「50%超」の数字を上げることができます。この場合、応募数の数値の上限が公開買付書類の中に明示的に記載されて いること、および買収者が高い下限値を設定することについて誠意を 持った行為をしていることについて、シンガポール証券業評議会から一定の評価を得ることが条件となっています(以上、買収規約 15.1 条)。
公開買付を公表する際、買収者は買収規約 3.5 条に定められている事項を開示しなければなりません。具体的には、以下の事項となります。
・ 公開買付の条件
・ 買収者、および買収者の最も重要性の高い支配株主
・ 公開買付の対象となる証券、対象となる証券に転換可能な証券の 詳細
・ 公開買付の対象となる証券を引き受ける権利または係る証券に 関するオプションで以下の(a)~(c)の条件が合意されている証券の詳細
(a)買収者により保有もしくは支配されている
(b)買収者の共同保有者により保有もしくは支配されている
(c)買収者もしくは共同保有者に対して応募する
・ 公開買付に付されているすべての条件
・ 公開買付に重要な影響のある買収者または対象会社の株式に関 する合意の詳細
・ 公開買付の対価の全部または一部が現金である場合は、フィナンシャル・アドバイザーまたは第三者による公開買付に対して全株 主から応募があった場合でも十分な買収資金を買収者が調達可能である旨
シンガポールで公開買付を行う場合、実務上の慣行がいくつか存在 します。たとえば、友好的買収の場合、公開買付の開示と株主に対する書類の交付は、買収会社と対象会社(ターゲット)の共同で行われ るのが、シンガポールでの実務上の慣行となっています。また、フィナンシャル・アドバイザーが買収者を代理して公開買付を行うのが慣 行となっています。そのため、買収者が作成・公表する書類は、フィナンシャル・アドバイザーが買収者の代理人として作成・公表します。
[ タイムテーブル(買収規約 22 条)]
下記の表は、シンガポールにおける公開買付の日程表です。
オファードキュメントの送付
原則としてオファーを発表した日の14 ~21 日までの間に、オファードキュメントを送付しなければなりません。また、オファードキ ュメントの日付は、送付日より3日以内のものでなければなりません。 仮にこの期間内に送付できない場合、買い手は証券業協会(SIC)に事前に相談しなければなりません。
買収対象企業の取締役会サーキュラーの送付
買収対象企業の取締役会は、オファードキュメントが送付されてか ら 14 日以内に、オファーに対する見解を、当該企業の株主に伝えなければなりません。
初回締結日
オファーはオファードキュメントが送付された日から最低 28日間 は公開する必要があります。
さらなる締結日の決定
オファーの延長発表の際には、次の締結日を決定しなければなりま せん。また、仮にオファーが無条件で受け入れられた場合、次の連絡 があるまでは、オファーが引き続き公開されている旨の表明をしなければなりません。この場合、オファーを受け入れない株主に対してはオファーが終了する最低 14日以前に書面にて、終了の知らせを送付 しなければなりません。
延長義務の免除
初回とその後のオファー締結日に受け入れられなかったオファー は、それ以降、延長する義務はありません。
無条件受入後の 14 日間のオファー公開
オファーの無条件受入後、少なくとも 14日間はオファーを公開する必要があります。オファー成立もしくは無条件受入前で、仮に、オファー申込者が終了日より 1 4 日以前に終了する旨を書面にて株主に 伝えた場合、当該ルールは適応されません。ただし、競争がある場合 は、オファー終了の書面通知は効力を生じません。また、このルール は、申込者がオファードキュメントに初回終了日を超えて延長しない 旨を記載していない限り、オファードキュメントを送付する以前にも 適用されます。
延長の禁止
仮に終了日に関する表明が含まれたドキュメントが買収対象企業の 株主に送付された場合、申込者はその後、その終了日を延長すること はできません。
買収対象企業による 39 日後の発表
買収対象企業の取締役は、初回のオファードキュメントが送付され てから 39 日間は、事業の結果、予想配当、資産評価額や主要取引について公表をしてはいけません。
最終日ルール
オファードキュメントを送付してから 60 日目の午後 5 時 30分を経過した後は、オファーを無条件で受け入れることはできません。ただし、証券業協会の許可を得れば 60日の期間を延長することができます。
その他の条件を満たすための時間
証券業協会から許可がある場合を除いて、すべての条件を満たさなければなりません。オファーは初回終了日から 21 日以内、もしくは、 無条件の受入日のどちらか後になる日までに終了しなければなりません。
■SGX上場規制
SGX上場規制は、証券先物法に基づきシンガポール金融庁の承認 を得てSGXによって作成された規制であり、主に上場会社の開示義務や買収における必要な手続について規定しています。たとえば、以下のような規制があり、これらは新株発行においても留意点となるものです。
・ 包括的承認に基づく新株発行に関して、主要株主等に対する発行 はできない(SGX上場規制 812 条 1・2 項)
・ 第三者割当による株式発行数の上限、具体的には発行済株式総数 20% までとなる(806 条 2 項)
・ 対価の金額の下限、具体的には原則引受契約の締結日において SGXで取引された対象会社の株式価格の加重平均に対して 10% を超えて低い価格とすることはできない(811 条 1項)
■競争法
シンガポールでは、2004年10月に制定された競争法(Competition Act) が日本の独占禁止法に当たります。 競争法を管轄・ 執行しているのが競争法委員会(CCS:Competition Commission of Singapore)です。この競争法は、市場を効率的に機能させること、シンガポール経済の競争力強化および消費者保護を目的として作られており、M&に関する規定も含まれています。
競争法 5 4 条以降にM&Aに関する規定があり、シンガポール市場のバランスを崩し市場競争力を著しく低下させるようなM&Aを規制 しています。
シンガポールでM&Aを行う場合、まず自己評価を行います。買収者は、CCSが発行している買収の実質的審査に関するガイドライン(CCS Guidelines on the Substantive Assessment of Mergers)お よび市場画定ガイドライン(CCS Guidelines on Market Definition) の関連する規則に基づいて自己評価を行います。自己評価を行うことで、当該M&Aが競争法に違反するかどうかを判断します。
自己評価を行い買収者自らが競争法違反の可能性があると判断した場合、買収を行う者はCCSに対して、当該M&Aが市場競争力を著しく低下させるような M&Aであるか、判断を求めることができます
(競争法 57 条、58 条)。これを事前相談手続といいます。事前相談は 任意であるため、自己評価の段階で競争法違反の可能性がない、または限りなく低いと判断した場合は、買収者は事前相談を行わないことも可能です。
ただし、事前相談手続を行うことなく競争法違反があった場合は、 CCSからの制裁があります。具体的には、①買収の取消指導、②違反当事者に故意または過失があった場合は、違反当事者の過去 3 年間における最高売上高の 10% を上限とする課徴金の納付が命じられます(競争法 69 条)。
■事前相談手続の流れ
買収当事者から事前相談を受けた場合、一次審査を受けます。この一次審査の目的は、当該 M&Aが競争法違反の懸念があるかどうかを 判断することです。この時点での審査はあくまで簡易的なものである ため、CCSは申請から 30営業日後までに審査を完了することを目的 としています。
一次審査の結果、競争法違反の懸念がない場合は、その後の手続が省略されます。しかし、競争法違反の懸念がないといえない場合は、 二次審査に進みます。
二次審査では、競争法に違反していないか、より詳細な内容の審査を行います。この二次審査が最後の審査であり定められた項目を詳細に審査することで、当該M&Aの違法性の評価を行います。
■現地会計基準(国際会計基準コンバージェンス)
シンガポールでは、現在自国の会計基準(FRS:Financial Reporting Standards)を採用しています。FRSと国際財務報告基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)との大きな差異は、以下の2点です:
①不動産の建設に関する契約(IFRIC15 号:Agreements for the Construction of Real Estate)
②協同組合に対する組合員の持分および類似の金融商品(IFRIC2 号:Members'Shares in Co-operative Entities and Similar Instruments)
いず れも、M&Aを実行するに当たって大きな影響を与える基準ではありません。 クロスボーダーM&Aを行う場合の会計処理は、以下のIFRSに準拠することになります:
IFRS3号「企業結合」
IFRS11号「共同支配の取り決め」
IAS28号「関連会社および共同支配企業に対する投資」)
また、シンガポール会計基準評議会(ASC)は、2012年までに自国で上場する企業で採用される会計基準の IFRSへのフルコンバージェンスを目指していましたが、一度断念しました。
その後、シンガポール国際会計基準(Singapore Financial Reporting Standards (International))を確立し、2018年1月以降、すべての上場企業についてこの基準が適用され、実質的なフルコンバージェンスが担保されることになりました。
■M&Aに関する税務
シンガポールの M&Aは資産を取得する方法と株式を取得する方法に大別できますが、それぞれの方法でかかわる税制に違いがありま す。
■資産取得
資産取得にかかわる税制には、所得税と印紙税があります。資産を売却する側では、資産売却益に所得税が課税されます。また、売却される資産が有形の資産であれば印紙税が課税され、双方の合意がない 限りは、買い手側が負担するのが一般的です。設備投資税額控除に適用される資産もありますが、条件により、その控除が取消される場合 もあります。
[のれん]
のれんの償却費は、課税所得から控除することができません。
[設備投資税額控除(減価償却費控除)]
所得税法(ITA:Income Tax Act)では、納税者の事業に使用される資産の資本支出については、税務上、初回および年間控除(減価 償却費控除)が認められています。
税務上の設備投資税額控除における、施設および機械の耐用年数は 5、6、8、1 0、1 6 年に分けられます。特定の建物の建設および改築については、25%の初回控除および 5%の年間控除が可能です。
施設および機械(例外あり)は、3 年間の加速償却法で税務上減価 償却することが可能です。ロボットやコンピュータなどの自動化装 置、工場やオフィスに設置された発電装置、公害防止設備などは 1 年で税務上減価償却可能です。また、1,000Sドル以下の特定の固定資産も同様に、1 年で税務上減価償却可能です。ただし、すべて合わせ て 1 年で 3 万Sドルまでとなっています。
2011 ~2015年の間、企業は生産性、革新性控除を受けることができます。これは、ある特定の活動にかかわる資本支出について、追加で支出額をベースに3倍の設備投資税額控除を受けることができるというものです。ベースの支出額は 40万Sドルまでとなります。また、160万Sドルまでであれば、追加の活動で、投資税額控除を受けることができます。
[ 繰越欠損金・繰越設備投資税額控除 ]
資産取得の場合、ターゲット企業の繰越欠損金、繰越設備投資税額控除を引き継ぐことができません。
[ 商品サービス税 ]
通常、商品サービス税の登録企業の商品、サービスには7%の商品サービス税が課税されます。資産の移転が、今後継続する事業の移転 とみなされた場合、商品やサービスの提供とみなされないため、商品サービス税は課税されません。今後継続する事業の移転とみなされるには、事業を譲受した側が、譲渡側で行われていたときと同じ種類のビジネスのために使用しなければなりません。単なる資産の移転では、今後継続する事業と証明することはできません。シンガポール内国歳入庁(IRAS:Inland Revenue Authority of Singapore)に対して、今後継続する事業と証明できない場合は、売却益に対して7%の商品サービス税を支払います。
■株式取得
2010年、シンガポール財務省は M&Aによるシンガポールでのビ ジネスの成長のために、M&Aスキームと呼ばれる施策を導入しました。その一貫として、M&A控除(M&A Allowance)と印紙税救済(Stamp Duty Relief)と呼ばれるものがあります。このM&Aスキームは、資産取得(事業譲渡)には適用されません。
[ M&A 控除 ]
M&A控除とは、2010 年 4月 1日~ 2025 年 12月 31日の間、条件を満たすM&A取引は、買収価格の25%を 5年にわたって償却することができるというものです。各年 1,000万Sドルが上限となっています。
M&Aスキームの対象となる条件には以下のようなものがあります。
ターゲット企業における株式保有率
仮に買収前に、買収企業が保有しているターゲット企業の普通株式 保有率が20%未満の場合、買収後に20%を超える必要があります。 また、買収前に普通株式保有率が20%を超え50%未満である場合、 買収後には50%以上となる必要があります。
A 買収企業
①買収企業はシンガポールで設立され、税務上の居住者(Tax Resident)である必要があります。企業の事業の支配と管理がシンガポールで実施されていれば居住者となります。一般的に、外国企業のシンガポール支社は、支配と管理が海外の親会社に帰属するため、シンガポール居住者として扱われません。
②買収企業がグループ企業に所属する場合、その究極持株会社(Ultimate Holding Company)もまた、シンガポールで設立され、税務住民である必要があります。
③買収日に、シンガポールで事業を行っている必要があります。
④最低3名のローカル社員(取締役を除く)を買収日から遡って12ヶ月間以上雇用している必要があります。また、買収日から遡って2年間はターゲット企業との関連がない必要があります。
B ターゲット企業
①買収日において、シンガポールまたはその他の国で事業を行っている必要があります。
②最低 3名のローカル社員(取締役を除く)を買収日から遡って12ヶ月間雇用している必要があります。
上記の条件は、ターゲット企業が直接的または完全に保有する子会社によって満たされる可能性があります。
M&A控除を受ける場合、買収企業はAの条件を満たす必要があります。
子会社を通して買収を行う場合、その子会社はM&A控除を受けてはなりません。
M&A控除は買収企業に与えられます。
[ 印紙税救済 ]
2010年 4月 1日~ 2020年 3月 31日の間で、条件を満たしたM&A取引については、年間 20万Sドルまでの印紙税救済を受けることが可能でした。
①子会社を通した買収
2012年予算案以前は、買収企業は直接的または完全に保有している子会社を通してターゲット企業を買収するケースのみが条件を満たすことができていました。しかし、2012年 2月17日より、子会社 のみでなく、完全に保有している孫会社以下の階層にある会社を通してのターゲット企業の買収も条件を満たすことが可能となりました。
②ターゲット企業(被買収企業)の条件
2012年予算案以前は、ターゲット企業もしくは直接的または完全 に保有している子会社のみが印紙税救済の条件を満たすことができて いました。しかし、2012年 2月 17日より、子会社のみでなく、完全に保有している孫会社以下の階層にある会社も条件を満たすことが可能となりました。
③究極持株会社
買収企業は、シンガポールに設立された、税務住民である究極持株 会社によって保有されていなければなりません。しかし、2012年 2月 17日より、ケースバイケースでこの条件が免除されます。この免除は、経済開発庁(Economic Development Board)によって管轄 されています。
印紙税救済が確定されるまでは、一旦印紙税を支払う必要があります。当該 M&A取引が印紙税救済の条件を満たした後に、シンガポール内国歳入庁から支払った印紙税が払戻されます。
[ 繰越欠損金 ]
ターゲット企業の繰越欠損金は将来の課税所得と相殺が可能ですが、株主継続テストの対象となります。株主継続テストでは、発行株 式の 50% 以上が同じ株主によって保有されている必要があります。
株主継続テストの意図としては、繰越欠損金のある会社を、税務メリットを目的として買収することを防ぐためにあります。株主構成が大きく変化する状況で、シンガポール財務省の担当者などに、株主継続テストの免除を訴えることもできますが、財務省は省自身のメリッ トをベースにその訴えを検査します。テストの免除を受けた場合であっても、欠損金を出した事業と同じ事業の利益に対してのみ相殺できるといった制約がついてきます。
参考資料
[参考資料・ウェブサイト]
・ 日本貿易振興機構(JETRO)
「シンガポール進出に関する基本的なシンガポールの制度――外資に関する規制」2014 年1 月