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■概要
タイは周辺諸国と比較し、インフラ、労働力等の投資環境が整備さ れているうえ、自動車産業、電気・エレクトロニクス分野を中心に産 業集積も進んでいるため、日本企業の東南アジアにおける一大集積地 となっています。さらに最近では所得水準の向上により中間層が拡大 したため、サービス業の進出も目立つようになりました。 にもかかわらず、日本企業によるタイ企業の買収はこれまでほとん どみられませんでした。日本企業のタイ進出は製造業が中心であり、 自らの技術で生産し、その製品をタイ国内または東南アジアや日本に 輸出することが目的であるため、企業を買収する必要がなく、子会社 を設立して事業を展開するのが一般的だったからです。 しかし最近では、タイのローカル企業を日本企業が買収しようとい う動きが出てきています。日本の自動車部品企業を買収したタイ企業 が現れたことからも分かるように、タイのローカル企業が急速に力を 付け、日本企業が興味を示す企業が出てきました。また、マーケット が成熟し、小売業やサービス業等、製造業以外の事業規模が大きくな ってきたことも原因として挙げられます。
2011年は政権交代、50年に一度といわれる洪水、2014年のク ーデターなどの局面を迎えたにもかかわらず、日本企業のタイに対す る投資意欲は依然として強く、日本企業に対する信頼も厚いため、今 後もこの傾向が続いて行くのはほぼ間違いありません。また、日系以 外の競合も続々と参入している現在、M&Aも含めたスピーディな事 業の拡大を図っていくことが重要になってくるものと考えられます。
■タイにおけるM&Aの動向
2015年、2016年のタイのM&A水準は非常に活発だったと言え ます。大手タイ企業およびグローバル企業が、国境を越えた高額の 取引を通じて拡大する傾向に比べ、インバウンド、アウトバウンド 共に投資が増加しています。2016年の大型案件例として、ベルリ・ ジャッカー(Berli Jucker)によるビッグC(Big C)の買収、TCC Holdingによるキャッシュアンドキャリー(Metro Cash&Carry Vietnam)の買収などが挙げられます。 結果として2016年のM&Aにおける取引金額は8,800万USドル に達しており、過去5年で最高額を記録しました。今後もM&Aが活 発に行われると予測されます。 業種別に見ると、案件数ベースではさまざまな産業分野にほぼ均等 に分散していますが、従来まで最も多かった工業から、2013年下半 期は金融やサービスの取引案件が大部分を占めるようになりました。
[日系企業のM&A事例]
タイの経済状況は、政府主導で実施している公共事業などの景気 対策が結果を出し、2016年通年のGDPは3.2%増で、2015年の 2.9%増を上回った。ASEAN全域の高い経済成長の影響もあり、日本企業がタイ企業を対象としたM&Aも増加しています。
2014年上半期には、日本は買収企業国トップ5のうち取引案件数 では首位となりました。
特に2013年には、三菱東京UFJ銀行によるアユタヤ銀行買収や、 明治安田生命保険相互会社によるタイライフ社への資本算入など、数 千億円単位の大型案件も注目を集めました。
タイでM%Aを行う際の留意点
■一般的なM&Aと異なるために検討しなければならないリスク
タイでM&Aを行う場合には、タイ国内の法律や規制が関係してくるため、日本国内のM&Aとは異なる部分が生じてきます。国内で行うM&Aと比べると、以下のような点に注意しなければなりません。
■法制度、税制度、会計基準の違い
日本とは異なる法制度、税制度、会計基準に基づいているため、手続を行う際、様々な留意点があります。このことが、買収ストラクチャーや契約締結の制約になるとともに、買収後の事業活動などに影響を与えます。
■広範にわたる外国資本規制
タイには、外国資本に対する規制が依然として多く存在しています。例えば、サービス業での進出は、ほとんどのケースで、外国資本はマイノリティ出資を要請されます。
■M&A取引方法に関する制限
タイでは、M&Aの一般的な手法である、吸収合併や会社分割が認められていません。しかし、他の認められた取引形態を組み合わせることで同様の効果をもたらすことも可能です。どのような方法でM&Aを実施できるのかを事前に確認しておく必要があります。
■事業評価、企業評価が困難
買収にあたっては、買収対象会社をいくらで買い取るかという問題が生じます。日本国内でのM&Aにおける企業評価の測定方法は、①純資産法、②マルチプル法、③DCF法の三つに分けられます。その中でも②マルチプル法と③DCF法が一般的な測定方法と言えます。
しかし、新興国では正確な財務データの入手がそもそも難しい事や、DCF法における将来キャッシュフローや割引率の算定にあたって、日本国内とは異なる事情を考慮しなければいけません。
[純資産法]・・・①
純資産法とは、時価純資産法をさしますが、客観性が高く当事者にわかりやすいことからも簡素化を図りたい企業や中小企業にポピュラーな手法です。理論的には、非常に単純でBSの資産科目を時価で評価し、そこから負債を差引きます。
[マルチプル法]・・・②
マルチプル法とは、一般的にベンチマークとして類似企業を選定し、その企業の損益の前期実績・当期見通し・来期予想などから比準倍率を求め、対象会社の財務データに当該比準倍率を乗じることで企業価値を算定する方法です。しかし、新興国ではそのようなデータの信憑性が不明確な点が多いため、企業評価の適正性が問題となります。
そのような場合には、例えば、製造業ならば生産トン数、コンビニ業ならば店舗数など、業界特有のドライバーを利用する方法や、利益率などの比準倍率を算定するにあたって先進国と新興国の差を保守的に見積もり、倍率を修正する方法も検討する必要があります。
マルチプル法はDCF法に比べて簡易であり、算出した企業価値が業界の相場と連動しているかが分かるというメリットがあります。しかし、企業価値算定の基礎となる倍率の設定について為替レートや資本コストという点を反映できないという問題点があります。
[DCF法]・・・③
DCF法とは、将来のキャッシュフローを一定の割引率で割り引いた割引現在価値をもって企業価値を算定する方法です。将来のキャッシュフローとは、費用や税金を支払い、事業を継続していくために必要な投資をした後に残ったお金のことです。また、割引率は株主資本コストと負債資本コストを加重平均して求める企業もあれば、事業ごとに内部利益率を設け、合算して算出している企業もあります。
将来のキャッシュフローの算定にあたっては、通常現地通貨ではなく、直物レートで換算した円やドルなどの国際通貨による方法が一般的です。ただし、この場合には、将来の為替変動のリスクがキャッシュフローに反映されないという問題点があります。
割引率については、自国で設定した割引率を使用する方法、もしくは自国の割引率に一定のリスクを上乗せした割引率を利用する方法が考えられます。前者においては、カントリーリスクやビジネスリスクが反映されないという問題が生じますし、後者はどれだけのリスクがあるかという判断の適正性についての検討が必要となります。簡便性を重視する企業では前者が一般的に利用されますが、後者を利用する企業もあります。
M&Aに関する法律・規制
■M&Aに関する法整備の状況
M&Aに関連する主要な法令は、外国人事業法に基づく外資規制、 タイの会社法である民商法典および公開株式会社法、公開買付や開示 などに関する証券取引法、独占禁止法に該当する取引競争法等、非常 に多岐に渡るため、横断的に理解しておく必要があります。
■M&Aに関する外資規制
■外国人事業法による外資の出資比率規制
タイでは、自国産業を保護するために外国人事業法(1972年発布、 1999年改正、2000年3月施行)を規定しています。同法は、総資 本の50%以上を外国人または外国企業が保有している会社を「外国 人」と定義し、規制業種への参入を制限しています。 タイの規制業種の範囲は非常に広範となっており、サービス業に関 しては、ほとんどの業種が対象となります。そのため、いかに経営権 を取得するかがポイントとなります。規制を回避する方法としては、以下のような方法が考えられます。
[友好的な株主を利用する方法]
外資の出資比率が制限される場合、日本企業49%、タイ企業51% の合弁会社を作る方法が基本的なものとなります。この場合には、過 半数の議決権をタイ企業側が保有することになるため、意見が対立す るときには事業運営が円滑に進まない可能性があります。 これを回避するための方法として、日本企業と合弁先のタイ企業が 49%ずつ出資を行い、残り2%を日系のコンサルティング会社や投資 会社などの友好的な株主に出資してもらい、議決権の過半数を占める 方法があります。
[優先株式を利用する方法]
外国人事業法では「外国人」の定義を「50%以上を外国資本が所 有する会社」としていますが、規制の対象となるのは、あくまでも 「出資比率」であるとしています。 この点に着目すれば、1株当たりの議決権を、株式の種類ごとに変 えれば議決権ベースで過半数を獲得することができます。タイでは優先株式の発行が認められており、これを行うことが可能です。たとえ ば、日本企業49株、タイ企業51株の合弁会社の場合、日本企業の 保有する株式の1株当たりの議決権を10株とする旨を定めた優先株 式とします。その結果、議決権ベースでは、日本企業490:タイ企 業51となり、出資比率規制を遵守したまま、意思決定権を取ること ができます。
ただし、これは本来の外資規制を潜脱する方法であるとして、タイ 政府により規制を強める動きが見られます。実際の利用については、 事前に最新情報を確認する必要があります。
■土地に関する規制
タイの土地法(Land Code)により、外国人は原則として土地 を所有することができません。ただし特例として、タイ投資委員会 (BOI)奨励企業や、タイ工業団地公社(IEAT)認定の工業団地に立 地するなどの要件を満たす場合、上記の制限にかかわらず土地所有が 可能になります。 注意点としては、「外国人」の定義が、下記のとおり外国人事業法 と異なる点です。たとえば、外資49.5%(内資50.5%)の会社の場 合、外国人事業法の規制の対象とはなりませんが、土地法の規制対象 となるため土地の所有は認められないことになります。
■資本金に関する規制
原則として、タイ企業には最低資本金の規制がありません。一方、 外国企業においては、最低資本金について外国人事業法による規制業種に該当する場合は300万バーツ以上、その他規制業種に該当しない外国企業の場合には200万バーツ以上が必要となります。 また、外国企業においては、外国人労働者を雇用するにあたり、外 国人就労規則が適用され、1名のワークパーミットを取得するために 200万バーツの払込が必要となります。 たとえば、規制のない業種で、5名の外国人労働者を雇用すると仮定すると、
200万バーツ×5名=1,000万バーツ
となり、最低1,000万バーツの資本金の払込が必要となります。
このように、企業の形態や雇用する者により、資本金の払込金額も 変わってくるので、事前に確認する必要があります。
■会社法による規制
それぞれ民商法典22編がパートナーシップ及び非公開会社について、公開株式会社法が公開会社について規定しています。これらを合わせたものが、いわばタイの会社法ということになります。
一般的に会社法では、M&Aの手法として利用される新株発行や新設合併など組織再編に関する意思決定の方法や債権者保護などの手続が規定されており、タイにおいても同様となっています。
一方、特徴的なのが、タイ民商法のうち非公開会社に関する規定がわずか260 条ほどしかないことです。日本の会社法は法律だけで1000条ほどあり、規則も合わせるとかなりの数になるのに比べ、いかに少ないかが分かります。買収手続やその後の会社運営については、法律がないために実務的な取扱いが不透明であるという問題があります。
■新株発行
非公開会社は、付属定款で定めることにより、株式に譲渡制限を付すことが可能である一方で、株式の第三者割当や社債の発行が不可能であると定められています(民商法典1129条、1222条1項、1229条)。
一方、公開会社は、非公開会社と異なり、第三者割当増資を行うことができる、と定められています(公開会社法137条)。
[非公開会社における新株の発行]
民商法典1220条~1228条で、非公開会社の新株発行手続について規定しています。
新株を発行する場合、株主総会の特別決議により決定しなければなりません(民商法典1220条)。タイの民商法典では、株主割当による新株発行のみが規定されているため、既存の株主に対して新株を割り当てる旨を文書で通知します。当該通知には、割り当てる株式数、申込み期限、期限までの申込みがない場合には引受けしないものとみなすことを記載します。申込み期限までに申込みの意思表示が無い場合や、新株の引受を拒否する旨の意思表示がある場合には、取締役は当該株式を他の株主に売却し、もしくは自身で引受けることができます(1222条)。
その後、株主総会の決議後14日以内に、商務省へ増資決議を行った旨を登記します(民商法典1228条)。
つまり、非公開会社の新株発行によってM&Aを実施する場合には、定款で排除されている場合を除き、既存株主に新株引受を拒否してもらうことで、実質的な第三者割当の形で行うことができるという点に留意が必要です。
[公開会社における新株の発行]
タイの資本金の概念は日本とやや異なっています。
タイの公開会社法における資本金の概念は授権資本金と引受済資本金にわけて把握する必要があります。なお、引受済の株式については全額払い込みが必要となります(公開会社法37条)。
公開株式会社法136~138条では、授権資本金の増額について規定しています。
授権資本金自体の増額については、株主総会の特別決議が要求されており、株主の4分の3以上の賛成による決議をもって意思決定しなければなりません(136条)。
その後、決議の日から14日以内に登記官に対し授権資本金の変更登記を行なわなければなりません(公開会社法136条)。また発行する株式の割当方法については、株主割当による方法か第三者割当で行うかを選択することが認められています(137条)。
一方授権資本内の株式発行の際は、明文規定が無いことから、原則どおり取締役会で意思決定が可能と解釈できます。
■合併
合併に関する規定は、民商法典1238条~1243条に定められて います。民商法典1241条によると、「合併によって成立した株式会 社は新しい会社として登記されなければならない」とされているた め、日本で認められている吸収合併は認められません。したがって、 タイで合併を行う場合は、すべて新設合併の方法により行う必要があ ります。
吸収合併と同様の効果を得るためには、事業の全部譲渡とその後の 清算という手法も考えられますが、実務上も新設合併の方法が多く利 用されています。 例としてスズキと宇部興産が挙げられます。スズキは、タイにおい ての自動車の生産、販売の効率化を図る目的で、宇部興産は営業部門 の強化や間接部門の合理化など、二社ともに現状の生産、販売能力の 増強を目指し新設合併を行いました。手続については、以下のように なります。
[新設合併の手続]
合併の意思決定は、株主総会の4分の3以上の賛成(特別決議)に より決定しなければなりません(1238条)。また、総会決議後14日 以内に登記を行います(1239条)。 次に債権者の保護を図るため、最低7回地方紙に公告するとともに、会社が把握しているすべての債権者に文書で合併の意図を通知し、当 該合併に異議がある場合は、合併に異議がある場合は債権者が通知の 日から60日以内に、申立てるように要求しなければなりません。 期間中に異議が申立てられなかった場合、異議はないものとみな されます。また異議が申立てられた場合、会社はその要求を満たす か、またはその保証を与えない限り合併を実行することはできません (1240条)。 合併が実行された場合は、合併した会社の各々によって14日以内 に合併の登記がされなければならず、合併によって成立した株式会社 は新しい会社として登記されなければなりません(1241条)。 新会社の株式資本金は、合併した会社の株式資本金の合計額に等し くなければなりません(1242条)。また新会社は、合併した会社の権利、義務を承継することになります(1243条)
■事業譲渡
タイにおけるM&Aにおいて、株式取得以外の方法としては事業譲渡の手法が検討されることになります。
理由としては、前述の通り、タイでは吸収合併が認められていないためです。事業の全部譲渡と清算により、同様の効果をもたらす取引を行う方法を取ることになります。
[公開会社における事業譲渡]
公開会社法では、事業の全部譲渡および重要な一部を譲渡するためには、株主総会の特別決議が必要と規定しています。
公開会社法107条2項(イ)にて、会社の営業の全部または主要部分の第三者への売却もしくは譲渡については、株主総会に出席した議決権のある株主の得票総数の4分の3以上の得票が必要と規定しています。
■会社分割
タイには会社分割の制度が定められていないため、一般的なスキー ムも利用できません。従って、事業の一部を他の会社に移したい場合には、分割事業を受入れる新設の会社または既存の会社に事業譲渡する方法を採用することになります。
また、株式交換、株式移転に関しても、制度が定められていませ ん。
■証券取引法による規制
証券取引法とは有価証券の発行体や投資家が自由に参加できる公正な市場を作ることを目的とした法律です。日本の金融商品取引法に該当する法律です。上場会社のM&Aを行う場合には、公開買付規制、開示規制、インサイダー取引規制などが関連してきます。
■公開買付規制
公開買付規制とは、上場会社の株式を取得する場合、買付の価格、数量、期間を公表し、買付を行うことであり、この義務により一部の株主のみが利益を得ることがないよう株主の公正性の維持を目的とするものです。上場会社の株式を取得する方法でM&Aを行うときは検討する必要があります。
[公開買付が義務付けられる場合]
上場会社の株式を取得した結果として議決権総数の25%以上、50%以上、75%以上を保有することとなる場合には、公開買付が義務付けられます(証券取引法247条、上場会社買収規則告示4条)。
たとえば、もともと15%の議決権を有する株式を持っている企業が、さらに10%の
株式を取得した場合、247条に記載されている25%以上という条件に当てはまり、公開買付が義務付けられます。
公開買付けを行う者だけではなく、配偶者や取得者の議決権の30%以上を保有する株主など、買付者の関係者による株式の保有数もカウントの対象となる点に注意が必要です。
[公開買付の対価]
公開買付の対価については、価格と種類について以下のように定められています。
対価の種類
買付の対価を支払う場合、金銭以外の対価のみを使用することは禁止されています。以下のうちいずれかを選択する必要があります。
・金銭のみ
・金銭と現物の併用
対価の価格
価格に対する規制においては、以下の3つの額のいずれも下回らない価格としなければなりません。
・公開買付届出書の提出日前90日間のうち、公開買付者もしくはその関係者が対象会社の株式を取得する最高値
・当該株式取得日前5営業日の加重平均市場価格
・フィナンシャルアドバイザーによる評価額
[公開買付の撤回]
公開買付期間が開始したのちに、公開買付を撤回することは原則としてできません。相場操縦される可能性があり、株主等に多大な損害を与える影響があるためです。
ただし、公開買付届書の提出後に、被買収会社に悪影響を与える重大な事象もしくは事実が起きた場合、買付の条件、期間の変更(上場会社買収規則24,26,29条)、もしくは買付自体を撤回することが認められています(上場会社買収規則告示45条)。しかし、重大な事象が何かというのは、具体的に明文化されていないため、実際の運用については留意が必要です。
[公開買付実施後の注意点]
公開買付者は、当該取引の成否に関わらず、原則公開買付期間終了日から1年間は対象会社について新たな公開買付を行うことができません(証券取引法255条)。
また、議決権総数が25%、50%、75%に達する株式を取得した買付者は、公開買付期間終了後6カ月間は、原則公開買付価格よりも高い価格で対象会社の発行済株式を取得することが出来ず、さらに、公開買付期間終了後1年間は、対象会社の株主総会において出席株主の議決権の4分の3以上を有する株主の承認を得られない場合、公開買付届出書の記載したことと異なる行為を行うことができません(上場会社買収規則告示48条)。
■開示規制
[大量保有報告規制]
特定の株主が株式を大量保有すると、経営権への影響や株価の変動要因となり、会社の利害関係者へ影響を及ぼす可能性があります。そのような利害から一般投資家を保護する目的で大量保有報告規制が定められています。
上場会社の株式を取得し、その議決権割合が総議決権の5の倍数のパーセンテージに達した場合、変動があった日から3営業日以内に取得についての報告書を証券取引委員会に提出しなければなりません。
なお、議決権割合の判定にあたっては、単独の者だけではなく、その親族など、関係者全体で保有する議決権で判断される点に注意が必要です(証券取引法258条)。
[適時開示規制]
投資家の意思決定に重大な影響を及ぼす可能性のある事象が生じた場合、タイ証券取引所(SET:Stock Exchange of Thailand)の規則に基づき適時開示が義務付けられます。
例えば、新株発行による資本の変動、自己株式の取得または自己株式の処分の決定、買収、既存株主の利益に影響を与える第三者による投資、などが該当します。
■インサイダー取引規制
一般的にインサイダー取引規制は、会社の内部情報に接する会社役員等が、その立場を利用し、取得した未公開情報を利用して、個人または関連者の利益のために株式を売買することを禁止する目的で定められています。
例えば、A社の役員が事前にB社を買収する情報を取得し、この取引による株価の上昇を予測したうえで、取引前に当該株式を取得することにより利益を得ようとする行為などが挙げられます。
このような取引が行われてしまうと、一部の株主のみ利益を得ることになり、株式市場の公正性を脅かす結果につながるので、タイにおいても規制が設けられています。
タイの特徴として、日本では情報を伝達する行為そのものに対しては規制されていませんが、タイにおいては伝達、取引の奨励、情報の開示などの行為自体が規制対象となりうる点には留意が必要です。
規制の対象者は取締役、マネージャー、監査人、資本金の5%以上の株式を保有する者、公務員、証券取引にかかわる者などが具体的に挙げられています(証券規制法241条)。
インサイダー取引規制に違反した場合、以下のような罰則が科せられます。
・2年以下の禁固刑
・当該取引により得たもしくは得たであろう利益の2倍以下(下限50万バーツ)の罰金
・上記禁固刑、罰金の併科
■取引競争法(Trade Competition Act)
タイにおける取引競争法(Trade Competition Act)は1999年に 施行され、日本で言う独占禁止法に相当します。不当な取引制限により不公正に市場を独占することを禁ずるものであり(取引競争法25 条)、事業譲渡、株式買収、合併などの組織再編行為について規制の 対象としています(取引競争法26条3項)。 取引競争法では、市場支配者(Market-Dominating Business Operators)という定義を設け、これに該当する企業に対して、一定の制限を課しています。
市場支配者とは、①特定の製品・サービスのシェア50%以上を有 し、過去1年間の売上高が10億バーツ以上の者、もしくは②3社の 共同でのシェア率が75%以上であり、過去1年間の売上高が10億バ ーツ以上である者、のいずれかを言います。 取引競争法は、最近までは厳密な運用は行われていませんでした。 しかし、2011年には、取引競争法の改正が行われるなど、政府は実 効的に取締りを強化する方針を明らかにしています。違反する場合に は、3年以下の懲役、もしくは600万バーツ以下の罰金が役員等に科 される可能性があるため、当該法令についての最新の運用状況を確認 しておく必要があります。
■タイ会計基準
M&Aを行う際、対象企業の企業価値の算定を正しく行い、買収価額を決定する必要があります。その場合に計算根拠となるのは、対象会社の財務諸表です。財務諸表作成にあたっては、国によって会計基準が異なるため、現地の会計基準を把握しておくことが重要です。
タイの場合、2011年より国際財務報告基準(IFRS)をほぼ全面的に取り入れた、タイ財務報告基準(TFRS)の適用が開始されました。この財務報告基準は公開会社だけでなく、原則としてすべての会社に適用されます。
ただし、非公開会社については、一部の基準が適用除外となっています。基本的には、IFRSに類似していますが、一部異なる点もあること、また実務慣行的に実施されていないものもある可能性があり、その点は注意する必要があります。
■M&Aに関連する税務
タイにおいてM&Aを行う場合、株式の取得による買収や資産の取得による買収など異なるケースに対し異なる税金が課されます。
租税はタイ国国家歳入法により規定されており、法人所得税、付加価値税、個人所得税に分けられます。付加価値税とは、商品役務に付加された価値(利益)に対し課税され、実質的には最終消費者が税負担者となる間接税ですが、株式、資産に係る付加価値税には様々な種類があり、それぞれ税率についても異なるので留意が必要です。
■株式の取得
株式を取得する場合、譲渡価額の合理性が問われます。税務上の譲渡価額は実際の売買価額とは関係なく、取引時点の時価で譲渡が行われたものと考えます。税務上の時価は、譲渡前直近期末時点の監査済財務諸表上の純資産価額を基に算定された価額とするルールが一般的に採用されています。
ただし、第三者により作成された評価報告書によって証明することができれば、時価を超える価額を採用することができます。
[株式売却時に発生する税金]
タイにおいて株式取得の手法でM&Aを行う場合、取引関連者が居住者、非居住者、タイ国内、国外などケースによりかかる税金が変わることに留意が必要です。
①非居住者間、かつタイ国外で譲渡取引が行われる場合
非居住者同士が国外にて株式の譲渡取引を行った場合、タイ内国歳入法の規定(70条)により、国外で行われた株式の譲渡で得た所得に対しては、タイ国内にて課税はされません。
②非居住者からタイ国内の会社に対して株式を譲渡する場合
たとえば、日本企業がタイ国内の会社に対して株式を譲渡した場 合、タイで発生する所得についてはタイで課税する(日タイ租税条約 13条)と規定しているため、タイ国内の会社が譲渡された株式に対 して対価を払う際に、タイ側で源泉所得税が課されます。この場合の 源泉所得税は、譲渡株式の譲渡価額から取得価額を控除した金額を課 税対象所得として、その15%が課税されます。
③タイ国法人、個人が譲渡者の場合
タイ国法人が株式の譲渡者の場合、国内外の会社問わず、譲渡により得た利益に対して通常の法人税率20%が課せられます。
また、譲渡者がタイ国個人の場合には、通常の個人所得税率(0%~37%の累進課税)が課せられます。なお、VAT、印紙税については、原則として譲渡者が国外法人の場合と同様となっているので、上述を参照ください。
ただし印紙税に関しては、株式譲渡が海外で行われ、かつそれに関する原文書が国外に保管されている場合のみ非課税となっています。
■合併
タイ民商法典では、新設合併のみが認められています。取引により発生した税金に対しては、税務上の優遇措置が定められています。
・資産の譲渡益に対する課税の免除
・不動産等を除く資産の移転に係るVATの免除
・不動産などの移転に係る特定事業税の免除
・不動産の譲渡にかかる源泉税の免除
・不動産名義変更登記手数料(不動産評価額の2%)の免除
ただし、被合併法人に生じていた繰越欠損金の引き継ぎは認められていません。
■全部事業譲渡
会社法上、吸収合併が認められていませんが、全部事業譲渡(EBT:Entire Business Transfer)という方式を使うことで、ほぼ同じような効果を得ることができます。税務上も、取引から生じる税金が発生しないように、以下のような優遇措置が設けられています。
・資産の譲渡益に対する課税は免除
・不動産等、貸付金以外の資産の譲渡に対するVATの免除
・不動産や貸付金の譲渡に係る特定事業税の免除
・不動産の譲渡時に発生する源泉税の免除
税務上の優遇措置を受けるためには、①譲渡会社の資産負債のすべてを譲渡すること、②譲渡会社を解散し、清算手続に入ること、の2つの要件を満たす必要があります。民商法典上、債務超過である会社は任意清算手続を行うことはできず、裁判所を介した破産手続を行うことが要求されるため、事前に債務超過を解消しておく必要がある点に注意が必要です。
合併との大きな違いは、不動産の名義変更登記に係る登記手数料の免除がないため、譲渡資産に不動産が含まれる場合には、当該コストを勘案する必要がある点です。
■一部事業譲渡
一部の資産負債のみを譲渡する場合は、全部事業譲渡とは異なり、税制上の優遇措置が原則として与えられていません。ただし、2011年4月に公布されたRoyal Decree 516によると、グループ内で行われる一部事業譲渡については、譲渡された資産に対するVATと特定事業税、印紙税について免税措置を受けることができます。
タイM&Aスキームの検討
■タイM&Aスキームの検討
タイにおけるM&Aの手法としては、まず株式の取得による方法と して、株式の公開買付を含む既発行株式の取得、および第三者割当増 資による新株の取得が挙げられます。 他に合併などの組織再編も考えられますが、タイの会社法上では、 吸収合併の制度はなく、新設合併だけが規定されています。また、会 社分割の制度は現在のところ設けられていません。 株式の取得以外の方法としては、事業譲渡の手法が検討されること が一般的となります。
タイの会社の経営権を取得する方法としては、以下のような方法が 考えられます。
■公開買付の手続
公開買付は、上場会社の株式の取得をする際、取得する株式の数 量、価格、期間などを事前に公表してから株式を取得します。公開買 付の手続は買付開始日に先立ち、さまざまな段階を踏む必要があります。
①保有株式報告書、株式公開買付意向書をSECへ提出 … ❶
公開買付者はまず、議決権総数が25%、50%、75%に達する株式取得の翌営業日までに、SEC(証券取引委員会)に対して、保有株式報告書を提出しなければなりません。また既発行株式の取得の場合にはSEC及びSET(タイ証券取引所)にそれぞれ株式公開買付意向書を提出しなければなりません。
②公開買付届出書及び公開買付応募申込フォームの提出 … ❷
保有株式報告書及び株式公開買付意向書の提出から7営業日以内に、SECに対して、SECのリストに掲載されているフィナンシャルアドバイザーによって作成された公開買付届出書及び公開買付応募申込書フォームを提出します。その際には、SECに対して手数料を支払います(上場会社買収規則告示18条)。
③公開買付届出書の写し及び公開買付応募申込フォームの交付及び新聞公告 … ❸
対象会社、対象会社の株主及びSETに対し、公開買付届出書の写し及び公開買付応募申込フォームを交付します。また、タイ語日刊新聞2紙以上及び英字日刊新聞1紙以上において公告することが義務付けられています。
なお、対象会社は、公開買付け届出書の写しを受け取ってから15営業日以内に公開買付けに対する意見書をSECに提出し、その写しを全株主及びSETに交付します。
④公開買付期間間開始 … ❹
公開買付届出書の提出から3営業日後に、公開買付期間が開始され(上場会社買収規則告示23条)、公開買付の期間は25営業日から45営業日の間で設定することになっています。
公開買付の期間は最大45日間まで延長することが可能ですが、公開買付届出書において、期間延長はしない旨、もしくは届出書に記載された期間が最終的なものと記載している場合には延長することはできません(上場会社買収規則告示24条)。
⑤公開買付の終了 … ❺❻
公開買付期間の終了後5営業日以内に、公開買付者は公開買付報告書をSECに提出し、その写しをSETに提出しなければなりません(上場会社買収規則告示34条)。
■公開買付後に非上場とする場合
公開買付により支配権を獲得し、その後、上場を廃止する場合もあります。上場廃止するメリットとしては、上場維持にかかる費用の削減や、財務情報の公開義務の免除などがあげられます。また、第三者から買収されることもなくなります。
公開買付手続を行う前に、対象会社の取締役会において上場廃止の決議を行い、同日中(または翌営業日のSET取引開始時間の1時間前まで)に、SETに通知をします。
その後、上場廃止についての株主総会を招集し、4分の3以上の賛成による決議を行い、発行済株式の総議決権の10%以上の反対株主がいないことが上場廃止の要件となります。
株主総会の決議後、対象会社はSETに上場廃止申請を行い、SETがそれを承認した後に、公開買付者は、公開買付の手続きを行います。手続は前述のとおりであり、公開買付期間終了後、SETが上場廃止の旨を公表し、公表後7日後に上場廃止となります。
■第三者割当増資による新株の取得
前述の公開買付は、発行済の株式を他の株主から買い付けることにより支配権を獲得する方法ですが、対象会社が新たに新株を発行し、これを引き受けることで支配権を獲得する方法も利用されています。
公開会社は、非公開会社と異なり、第三者割当増資を行う事ができます(公開会社法137条)。
[第三者割当増資の手続]
新株発行による増資を行うためには、まず株主総会にて、出席株主の議決権のうち4分の3以上の承認を得なければなりません。また、決議の日から14日以内に登録資本金の変更登記を行う必要があります(公開会社法136条)。
[公開買付規制の適用免除]
第三者割当による新株取得の場合、原則として公開買付が義務づけられます(上場会社買収規則17条1項)。ただし、株主総会決議による承認などの一定の要件を満たすと、公開買付の義務が免除されます。
公開買付の適用免除を行うには、まず買付者は、対象会社の取締役 会に対して新株取得の意思を伝え、株式取得の意向について対象会社の取締役会の承認を得た後、対象会社に対して株主総会決議申告書を 提出します。その後買付者はSECに対して、公開買付規制の適用免 除申請書、株主総会決議申告書のコピーおよびフィナンシャルアドバイザーの意見書等が添付された株主総会招集通知のコピーを提出し、さらにそれらの提出日から7営業日以内に株主総会決議申請書および 株主総会招集通知が各株主およびSETに送付されるよう手配します。対象会社の株主総会決議は、取締役会決議から90日以内に行われ なければならないとされており、取得者は、株主総会決議の翌営業日 までに株主総会決議の議事録のコピーをSECに提出します。
以上の手続が完了すると、株主総会の承認を得た日から公開買付義 務の適用免除の効力が発生します。
■全部事業譲渡
全部事業譲渡に関しては、簿価で譲渡することができるなどさまざ まな優遇、免除を受けることができます。ただし、免税を受けるに は、譲渡側および譲受側が租税を滞納していないことなどの条件や、 譲渡が行われるのと同一の会計年度内に清算を行うなどの条件が定め られています。
なお、譲受側が留意しなくてはいけない点は以下のとおりです。
・外国人事業許可等の許認可は自動的に承継できない
・従業員の承継には、個々に同意を得る必要があり、同意を得られ ない場合は労働者保護法もしくは就業規則等に基づき解雇保証 金を支払う
参考文献
・Pickering Pacific 「A Pickering Pacific study of trends in M&A deals in six major ASEAN countries」