(タイトル未設定)
M&A 動向
かつて2010年代初頭、尖閣諸島問題を契機とした「チャイナリスク」の顕在化により、ベトナムはチャイナプラスワンの筆頭として注目を集めました。しかし、2020年代中盤を迎えた現在、その位置づけはより高度化しています。 米中貿易摩擦の長期化やパンデミックの教訓を経た現在、ベトナムは単なる「生産拠点の分散先」ではなく、「サプライチェーン強靭化の中核」および「有望な消費市場」へと変貌を遂げました。
2023年には日越外交関係樹立50周年を迎え、両国関係が「包括的戦略的パートナーシップ」へ格上げされたことも、日本企業の投資意欲を後押ししています。
日本企業のベトナム進出(FDI)件数を見ると、コロナ禍(2020年〜2021年)による一時的な停滞を経て、2022年以降は再び回復基調にあります。特に2023年の日本からの対越投資額(認可ベース)は65億米ドルを超え、大型案件の増加が顕著となりました。
進出形態も、従来の製造業による工場設立(グリーンフィールド投資)から、小売・流通・IT・エネルギー分野における現地企業の買収・資本提携(M&A)へと多様化が進んでいます。
ベトナムM&A市場の推移(2015年〜2025年)
下図(※要新規図表)は、ベトナム国内で行われたM&Aの公表案件における取引総額と件数の推移を表しています。この10年間の推移を見ることで、市場の成熟度がうかがえます。
特筆すべきは、2021年の記録的な活況と、その後の調整局面です。 2021年、ベトナムのM&A市場は過去最高となる100億米ドル規模に達しましたが、2022年から2023年にかけては、政府による不動産・債券市場の不正摘発(汚職対策の強化)や、世界的な金利上昇の影響を受け、市場は一時的な調整局面(「冬の時代」)を迎えました。 しかし、2024年に改正土地法などの重要法案が施行され、法的不透明性が改善に向かったことで、2025年以降、市場は再び安定的な成長軌道に戻っています。現在は、件数重視のブーム期から、質の高い案件(クオリティ・ディール)が選別される「市場の質的成熟期」に入ったと言えるでしょう。
日本企業によるM&A(In-Out)の潮流
日本企業による海外M&A(In-Out)全体を見ても、ベトナムは常に投資対象国の上位にランクインしています。 レコフ等のデータによれば、2019年には過去最高水準の件数を記録しましたが、2026年現在の特徴は「案件の大型化」と「セクターの広がり」です。以前は製造業が中心でしたが、直近では地場大手不動産デベロッパーへの出資、再生可能エネルギー事業への参画、フィンテック企業への出資など、ベトナムの内需を取り込むための戦略的M&Aが主流となっています。
M&A を行う際の留意点
■クロスボーダーM&Aにおける留意点
クロスボーダーM&A(国境を越えた合併・買収)の本質は、国内M&Aと大きく異なるものではありません。プロジェクトを進めるにあたり必要な心構えの多くは共通しています。しかし、ベトナムという新興国市場においては、法制度や商習慣の違いという「テクニカルな部分」が、時としてディールそのものの成否を分ける決定的な要因となります。
以下、2026年現在のベトナムの実務環境を踏まえた主な留意点を述べます。
1. 手続きの「完了」はゴールではない
M&Aにおける「成功」とは、クロージング(資金決済と株式引渡し)が無事に終わることではありません。実務の現場では、複雑な許認可取得や契約交渉に忙殺され、M&A自体が自己目的化してしまいがちです。
しかし、これはあくまで一つの過程にすぎません。 真の成功とは、手続き完了後、被買収企業が業績を伸ばし、買収企業のグループに対して当初期待したとおりのシナジーをもたらすことです。
2. ベトナム進出の「目的」を法的構造に落とし込む
成功のためには、M&Aにより達成すべき目標を当初から明確にし、それを法的なストラクチャー(スキーム)に反映させる必要があります。
例えば、以下のような目的の解像度を高めることが重要です。
• 市場アクセスの確保: ベトナム国内に販売網を構築したいのか。
• 許認可の取得: 外資規制の壁を越えるため、すでにライセンス
• (許認可)を保有している現地企業を取得したいのか。
• 製造拠点の確保: グローバルな市場シェア獲得のため、低コストかつ高品質な製造拠点を手に入れたいのか。
• 土地使用権の確保: 2024年土地法の下で、安定した事業用地を確保したいのか。
期待するシナジーを定量的に把握した上で、最適な買収ストラクチャーを検討しなければなりません。例えば、外資規制業種であれば出資比率に上限があるため、経営権をどう確保するかという契約上の工夫が必要です。
3. ベトナム特有の「テクニカル・リスク」への対応
ベトナムM&Aでは、日本国内とは異なる固有のリスク管理が求められます。
• 許認可プロセス: 2020年投資法に基づき、外国投資家による株式取得には、計画投資局(DPI)からの事前の「M&A承認」が必要となるケースが大半です。
• 資金決済(外為規制): 投資資金の送金や将来の利益送金において、適切な資本口座(DICAまたはIICA)を使用しなければ、法令違反となり資金が凍結されるリスクがあります。
• 統合プロセス(PMI): 文化や言語の違いに加え、コンプライアンス意識の差を埋めるための統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)は、国内案件以上に緻密な計画が必要です。
つまり、適切な買収契約と法務・税務ストラクチャーによりリスクとコストの低減を図りつつ、買収前に想定していた事業価値を実現するためのPMIを着実に実施することこそが、ベトナムM&A成功の鍵となります。
■ 国内でのM&Aと異なるリスク
ベトナムにおけるクロスボーダーM&Aには、日本国内の案件とは質の異なるリスクが存在します。2026年現在、法整備は進みつつあるものの、実務運用面での不透明さは依然として残っています。主な相違点とリスクは以下の通りです。
1. 法制度・税務・会計の構造的ギャップ
日本と異なる法制度、税制度、会計基準(VAS)に基づいているため、手続のあらゆる場面でこれらを斟酌する必要があります。 特に会計については、IFRS(国際財務報告基準)への移行ロードマップが進んでいるものの、多くの中小・未上場企業では依然としてベトナム独自の基準や税務重視の処理が行われています。このギャップは、EBITDA等の主要指標の算出を困難にし、買収ストラクチャーの設計やPMI(統合プロセス)の大きな制約となります。
2. 複雑な規制対応と「M&A承認」の壁
投資法および関連法令により、外国投資家に対する規制は緩和傾向にありますが、「市場参入制限業種」や「国防・安全保障」に関わる領域では、依然として厳格な審査が存在します。 実務上、株式取得に際して計画投資局(DPI)からの「M&A承認(M&A Approval)」取得が必要となるケースが多く、要件を満たしていても担当官の裁量により審査が長期化したり、説明資料の追加提出を何度も求められたりすることが常態化しています。
3. 交渉の長期化と不確実性
一般的に、案件検討から最終契約までには6カ月〜1年、あるいはそれ以上の期間を要します。 日本側が実務担当者ベースで交渉を進めようとするのに対し、ベトナム側はオーナー経営者トップと顧問弁護士・会計士が直接対峙するケースが多く見られます。決定権を持つトップが出てくるまで話が進まない一方で、トップ同士の会談で実務レベルの合意事項が「ちゃぶ台返し」のように覆されることも珍しくありません。
4. 情報の非対称性と「二重帳簿」問題
情報の透明性は日本に比べて著しく低いと覚悟すべきです。
財務情報の信頼性: 税金対策のために利益を圧縮した「税務用帳簿」と、実態を表す「管理用帳簿」の2つ(ダブル・ブック)が存在することが公然の秘密となっています。
情報開示の遅れ: 「法的拘束力のある契約(Binding Offerなど)を結ぶまでは詳細な内部情報を出さない」という姿勢が一般的であり、初期検討段階での精緻な評価を困難にしています。
5. 資産評価の困難さ(改正土地法の影響)
2024年土地法の施行により、土地価格の決定メカニズムが従来の「政府枠」から「市場価格ベース」へと移行しました。これにより、土地使用権の評価額が実勢価格に近づく一方で、評価プロセスの過渡期にある現在、取得コストの予測が難しくなっています。 また、ターゲット企業が保有する不動産について、土地使用権証明書(LURC)の不備や、使用目的の制限違反、建設許可の未取得などの瑕疵が発見されるケースも依然として多く、資産の時価評価は困難を極めます。
6. 資金調達の制約(LBOの困難性)
ベトナムでは、対象会社の資産を担保に買収資金を借り入れるLBO(レバレッジド・バイアウト)は、法規制および中央銀行の通達(通達06/2023/TT-NHNN等による融資使途制限)により、実質的に極めて困難です。 現地での「買収ファイナンス」は日本と同列には考えられず、多くのケースでは買収側の手元資金(エクイティ)での決済が必要となります。
7. 潜在的なコンプライアンス・リスク
移転価格税制: グローバル・ミニマム課税の導入や税務当局の監視強化により、関連当事者取引(移転価格)に関する追徴課税リスクが高まっています。
データ保護(PDPD): 個人データ保護に関する政令(PDPD)の施行により、従業員や顧客データの取り扱い不備が、買収後の重大な法的リスクとして顕在化するようになっています。
従業員の心理的抵抗: 外資による買収に対する従業員の不安や、文化的背景の違いによる軋轢が生じやすく、キーマンのリテンション(引き留め)には特別な配慮が必要です。
M&A のプロセス
M&Aの実行段階においては、ベトナム固有のリスクや法的要件を十分に考慮し、迅速かつ戦略的に取り組む必要があります。基本的な流れは国内M&Aと類似していますが、ベトナムのクロスボーダー案件では、契約締結後の「行政当局による承認手続き」が最大のボトルネックとなります。
2026年現在、意思決定や交渉に時間をかけすぎた結果、法改正や為替変動、あるいはサイバーセキュリティ規制(データ主権)の影響を受け、前提条件の見直しを余儀なくされる事例が散見されます。特に「⑥企業結合届出」と「⑧M&A承認」という、ベトナム特有の規制ステップを考慮した現実的なスケジュール策定が不可欠です。
■ 標準的なベトナムM&Aプロセス
1. M&A戦略の策定(取締役会または投資委員会の承認)
2. ターゲットの選定とアプローチ
3. プレ・バリュエーションと基本合意(LOI/MOU)
4. デューデリジェンス(DD)の実施
5. 最終交渉および最終契約(SPA/SHA)の締結
6. 企業結合届出(該当する場合)
7. M&A承認(投資登録)の取得
8. クロージング(資金決済・株式引渡し)
9. 事後のライセンス修正・登記手続き
■ 意思決定フェーズ
[ M&A 戦略の策定 ]… ①
トップマネジメントによる新市場への進出の意思決定プロセスにおいては、以下の点を熟慮し整理して具体化を進める必要があります。
この段階では、目的・評価が定性的になりやすく、関係者の情報共有を阻害しがちです。各人の情報の理解に食い違いが起こると、社内 に不要な軋轢が発生し、タイムスケジュールの大幅な見直しを余儀なくされるため、できるだけ定量化して合理的な判断を可能にしていく努力が必要になります。
また、情報の機密性の観点からもフィージビリティー・スタディー(予備調査)段階から外部のアドバイザーを利用し、情報管理して行くことも一考です。
[ ターゲットの選定とアプローチ]… ②
トップマネジメントによるM&A戦略の承認を受けた後、担当者はその戦略に合致する買収対象会社や、ジョイント・ベンチャー・パートナー候補の情報を収集し、具体的な選定と接触を行う実行段階に入ります。このフェーズは、広範な情報収集から始まり、候補の絞り込み、そして慎重な接触へと段階的に深度を増していくプロセスとなります。
1. 情報収集とロングリストの作成
まず着手するのは、広範囲にわたる候補企業のリストアップ(ロングリストの作成)です。一般に、経済環境が成熟した欧米や日本国内においては、帝国データバンクのような信用調査機関や業界団体、行政等が整備した企業データベースが存在し、信頼性の高いリストが容易に入手可能です。しかし、ベトナムにおいてはこの前提が必ずしも当てはまりません。
2026年現在、ベトナム政府のDX推進により「国家企業登録ポータル」等の公的データベースは拡充されましたが、非上場企業の財務情報や詳細な株主構成は依然として外部から見えにくい状態にあります。特に黎明期にある新興産業においては、インターネット上の情報と実態が乖離している例も散見されます。そのため、初期段階のロングリスト作成においては、データの精度に過度に神経質になるべきではありません。完璧なデータを求めすぎると候補先が見つからない事態に陥りかねないため、ある程度割り切って幅広くピックアップすることが肝要です。
この際の情報源は、大きく「第二次的情報源」と「第一次的情報源」に分けられます。 まず、第二次的情報源として、上場企業の公開情報や産業調査報告書、専門的な刊行物を活用します。近年では、SNSや求人サイトでの活動履歴といったデジタル・フットプリントを組み合わせることで、非上場企業であってもその輪郭を浮かび上がらせることが可能です。 次に、第一次的情報源として、独自のアプローチによる「生の情報」収集を行います。これには駐在員ネットワークからの情報や、競合他社、顧客、仕入先などへのインタビューが含まれます。ただし、2026年現在の実務では、個人データ保護規制や競争法の運用が厳格化されているため、これらのヒアリングはコンプライアンスに配慮しつつ慎重に行う必要があります。
2. スクリーニングとショートリストの作成
ロングリスト作成後は、具体的な基準を設けて数社に絞り込む「ショートリスト」の作成フェーズへ移行します。 この絞り込みにおいて最も優先すべきは、ベトナム特有の外資規制である「市場アクセス制限リスト」の確認です。対象企業の事業分野が外資100%での出資を認めているか、あるいは現地パートナーとの合弁が必須であるかといった法的要件を精査します。
また、ショートリスト化の段階では、さらに深度を増した現地情報の収集が不可欠となります。公用語であるベトナム語や英語に堪能な担当者を確保し、デスク上の調査だけでなく、実際に現地へ赴いて工場の稼働状況やオフィスの実在性を物理的に確認
します。このプロセスは、ペーパーカンパニー等のリスクを排除し、M&Aの失敗を防ぐための必要な投資コストとして認識すべきです。
3. 候補先への接触・打診と仲介者の活用
ショートリストが固まった後は、いよいよ対象会社への接触・打診を行います。ベトナムのオーナー経営者は、見ず知らずの外国企業からの直接的なアプローチに対して強い警戒心を抱く傾向があるため、アプローチの手法には細心の注意が必要です。
ここで鍵となるのが、外部の仲介者情報の活用です。銀行や証券会社などの金融機関からは多くの候補先紹介を受けることがありますが、これらは「売りたい案件」の在庫リストである側面も強く、自社の情報咀嚼能力が問われます。 一方、M&A専門のコンサルティング会社やアドバイザーを活用する場合、彼らのフィルターを通じて一定のスクリーニングを経たリストが入手できる利点があります。彼らの情報は、ベトナム特有の会計慣行や法規制といった現地事情を加味してローカライズされており、判断しやすい形に加工されています。
実務上は、これら信頼できるアドバイザーを介し、買手企業名を伏せた「ノンネーム」ベースで打診を行うのが定石です。これにより、オーナーの面子を保ちつつ、売却意向の有無や希望条件といった本音を引き出すことが可能となります。
4. 秘密保持契約(NDA)の締結
アプローチの結果、双方に関心が確認され、トップ面談等を経て次のステップへ進む合意が得られた段階で、速やかに「秘密保持契約(NDA)」を締結します。 これは詳細な財務情報や内部資料の開示を受けるための前提条件となります。ここで特に留意すべきは、2023年に施行された個人データ保護に関する政令(Decree 13)への対応です。従来のNDAに加え、DD過程で開示される従業員や顧客の個人データの取り扱いについて、第三者提供の同意取得や越境移転のルールを契約条項に明記することが、2026年の実務標準となっています。このNDA締結をもって、プロジェクトは本格的な交渉フェーズへと移行します。
[ プレ・バリュエーションと基本合意(LOI/MOU)]… ③
ターゲット企業との初期的な接触を経て、双方がM&Aの検討を本格化させる意思を確認した場合、次のステップとして「プレ・バリュエーション(初期的な価値算定)」を行い、その結果をもとに「基本合意書(LOI: Letter of Intent、またはMOU: Memorandum of Understanding)」を締結して文書化します。
このフェーズは、交渉の枠組みを固定化し、その後のデューデリジェンス(DD)へスムーズに移行するための重要な架け橋となります。
1. 初期的な企業価値算定(プレ・バリュエーション)
本格的なDDを行う前に、入手可能な限定的な情報(決算書や売主からのヒアリング情報)に基づき、買収価格の目安を算出します。
欧米や日本国内の案件であれば、DCF法(割引現在価値法)やEBITDA倍率を用いたマルチプル法で比較的精緻な算定が可能ですが、ベトナムの非上場企業においては特有の難しさがあります。それは「公式な財務諸表と実態の乖離」です。 近年、電子インボイス(E-invoice)の義務化により売上の透明性は向上傾向にありますが、依然として節税対策のために利益を圧縮した「税務申告用」の決算書しか開示されないケースが多く見られます。この段階での数値はあくまで参考値にとどまらざるを得ません。
したがって、2026年の実務においては、ベトナムの同業他社(上場企業)の指標を参考にした「マルチプル法」等を用いて大まかな価格レンジ(帯)を提示しつつ、「提示価格は開示された財務情報が正確であることを前提としており、DDの結果により修正される」という留保条件を必ず付すアプローチが一般的です。
2. 基本合意書(LOI/MOU)の締結と主要条件
プレ・バリュエーションの結果を踏まえた買収価格の基本的考え方を双方で確認し、M&A実行の意思合意がされた時点で、その合意内容をLOIに明示します。
主な記載内容は以下の通りです。
買収価格(Purchase Price): 現時点での想定価格、または価格算定方式(EBITDAの何倍等)。
重要な買収条件とスキーム(Structure): 株式譲渡か、第三者割当増資か、あるいは事業譲渡か。特にベトナムでは「外資規制(市場アクセス制限リスト)」により出資比率やスキームが制限される場合があるため、法的に実行可能な構造であることを明記します。
スケジュール: DDの開始時期、最終契約の締結目標日、クロージングの目処。ここでは「M&A承認(投資登録)」に加え、「企業結合届出(競争法)」が必要な場合の審査期間(数ヶ月)を考慮した、現実的な日程設定が不可欠です。
表明・保証: 通常、詳細な表明保証は最終契約(SPA)で規定されますが、LOI段階であっても、提供された情報の真実性や、株式の所有権、訴訟の不存在といった根本的な事項について表明を求めるケースがあります。初期段階で重大な虚偽が発覚した場合の契約解除や、交渉コストの実費請求(補償)を担保するためです。
3. 法的拘束力と独占交渉権の制定
LOI/MOUの法的性質については慎重な検討が必要です。一般的に、価格や買収の実行義務そのものには法的拘束力を持たせず、「道義的な合意」にとどめるのが通例ですが、以下の条項については例外的に「法的拘束力あり」と明記し、遵守を義務付けます。
独占交渉権(Exclusivity): M&Aの交渉においては、DD等に多大な時間と費用(専門家費用や渡航費など)を要します。同時期に複数の買収企業が参加すると、投資したリソースが無駄になる経済的損失リスクが大きくなります。このリスクを回避するため、通常3か月から6か月程度の期間を設定し、その間、売主が第三者と交渉することを禁止する優先交渉権を制定します。
秘密保持義務(Confidentiality)とデータ保護: 相互の開示情報の保護に加え、交渉の事実自体の他言禁止(公表の制限)を課します。 さらに、2026年の実務で重要なのが「個人データ保護規制(Decree 13)」への対応です。DDの過程で従業員リストや顧客データを開示する場合、法令に基づく適正な処理と保護措置を講じる義務を、このLOI段階で明確に合意しておく必要があります。
4. 手付金(Deposit)とエスクローの活用
2026年現在のベトナム実務において特に注意を要するのが、「手付金(Deposit)」の扱いです。 ベトナムの売主(特に個人オーナー)は、民法上の商慣習に基づき、交渉の真剣度を測るためにLOI締結段階での手付金(取引額の数%〜10%程度)の預託を強く要求する傾向があります。しかし、DDの結果、重大なリスク(修正不可能なコンプライアンス違反等)が発覚して買主から交渉を中止した場合、売主が「買主都合のキャンセルだ」と主張し、手付金が返還されないトラブルが多発しています。
そのため、手付金を支払う場合は、以下のリスクヘッジが不可欠です。
• 可能な限り、銀行の「エスクロー口座(第三者預託)」を利用し、資金のロックをかける(ただし、口座開設の実務的ハードルが高い場合もある)。
• 契約書上で「買主の責によらない破談(DDでの重大な不備発覚等)の場合は、即時に全額返還する」旨の条件とペナルティを厳格に規定する。
5. 準拠法、管轄および言語
クロスボーダーM&Aにおいては、最終的な紛争解決のルール作りも重要です。 使用言語(Governing Language)と優先順位を定め、解釈の齟齬を防ぎます。また、準拠法(Governing Law)については、対象会社がベトナム法人である以上、実務的にはベトナム法が適用される場面が多いですが、紛争解決機関については公平性を担保するため、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)や、ベトナム国内であればベトナム国際仲裁センター(VIAC)を指定するのが一般的です。
[ デューデリジェンス(DD)の実施]… ④
基本合意(LOI)の締結後、買手は対象企業の実態を精査する「デューデリジェンス(DD:買収監査)」のフェーズに入ります。 ベトナムにおけるDDは、単なる情報の確認作業ではありません。二重帳簿、隠れた労働債務、名義借りの株主、そして未整備のデータ管理体制など、表面化していない「潜在的な爆弾」を発見し、買収価格の適正化や最終契約(SPA)での防御策を講じるための最も重要なプロセスです。
2026年の実務標準において、重点的に精査すべき領域は以下の通りです。
1. 財務・税務DD:公式記録と実態のギャップ
ベトナムM&Aにおいて最も警戒すべきは、依然として存在する「二重帳簿(Two sets of books)」のリスクです。税務申告用の帳簿と、実際の経営管理用の帳簿が乖離しているケースは、中小規模の案件では常態化しています。 財務DDでは、単に監査済み財務諸表を分析するだけでなく、銀行取引明細や在庫の実地棚卸を通じて、売上の実在性と費用の適正性を検証する必要があります。
税務DDにおいては、以下の点が頻出リスクとなります。
•移転価格税制: 関連当事者取引がある場合、税務当局からの追徴リスクが高まります。
•外国人契約者税(FCT): 海外へのサービス支払いに伴う源泉徴収漏れ。
•個人所得税(PIT): 駐在員給与の申告漏れや、従業員手当の課税逃れ。
2. 法務DD:権利の有効性とコンプライアンス
法務DDの核心は、「事業を行う権利(ライセンス)」と「資産を持つ権利(土地使用権)」の確認です。 特に製造業や不動産業においては、「土地使用権証明書」の内容確認が不可欠です。2024年施行の改正土地法に基づき、土地の使用目的、期間、そして「賃料の支払い形態(一括か年払いか)」を精査します。年払いの場合、権利の譲渡や担保設定に制限があるため、資産価値評価に直結します。
また、事業ライセンスについては、外資規制上の条件(サブライセンス)を満たしているか、名義借りによって規制を潜脱していないかを確認します。
3. 人事労務DD:隠れ債務の温床(専門家の視点)
2026年現在、ベトナム当局は社会保険の未納に対する取り締まりを強化しており、人事労務DDは財務リスクを特定する上で極めて重要です。主な論点は以下の3点です。
•社会保険料の未納・過少申告: 多くのベトナム企業は、保険料負担を減らすため、給与を「基本給」と「手当」に分け、基本給のみをベースに保険料を支払う慣行があります。しかし、法令上は定期的な手当も算定基礎に含める必要があり、過去に遡って莫大な未納金と遅延利息が発生するリスクがあります。
•退職金(Severance Allowance)引当の不足: 2009年の失業保険制度導入「以前」の勤続期間については、企業側が退職金を支払う義務(半月分給与×勤続年数)が残っています。古参社員が多い企業では、この「退職手当」が簿外債務として積み上がっているケースが多く、再計算が必要になるケースもあります。
•労働許可証(Work Permit)と労務コンプライアンス: 外国人従業員の労働許可証取得状況や、法定残業時間(年間枠)の遵守状況を確認します。違反がある場合、最悪のケースでは強制送還や業務停止命令の対象となります。
4. IT・データ保護DD:PDPL遵守状況
2023年の「個人データ保護に関する政令(Decree 13/2023/ND-CP)」の施行以降、IT・法務DDにおける最重要チェック項目となったのがデータ保護(PDPL)です。 対象企業が保有する従業員データ、顧客データについて、以下の対応がなされているかを精査します。
•データ処理に関する「本人の同意」を取得しているか。
•公安省への「個人データ処理に関する影響評価一式書類」の提出が完了しているか。
•データ保護責任者(DPO)等の管理体制が整備されているか。
これらに不備がある場合、高額な罰金のリスクだけでなく、買収後のデータ活用(日本本社へのデータ移転など)が法的に封じられる恐れがあります。
5. ESG(環境・社会・ガバナンス)DD
グローバルサプライチェーンの一翼を担うベトナム企業に対し、欧米や日本のバイヤーは厳しいESG基準を求めています。
•環境(E): 環境保護法に基づく環境許可書(Environmental License)の取得状況や、排水・排ガスの処理状況。
•社会(S): 強制労働や児童労働の不存在、安全衛生基準の遵守。
•汚職防止(G): 公務員への不適切な支払いが常態化していないか。米国のFCPAや英国のBribery Actの適用対象となる日本企業にとって、買収先企業の汚職リスクは致命的なダメージとなり得ます。
6. 実質的支配者(Beneficial Owner)情報の確認
最後に、誰がその会社を「本当に」支配しているかの確認です。 ベトナムでは、外資規制の回避や資産隠しのために、親族や従業員に名義を貸させて会社を設立する「名義借り」が広く行われています。 登記上の株主と、実際の出資者・意思決定者が異なる場合、買収後に「私が本当のオーナーだ」と主張する第三者が現れ、紛争に発展するリスクがあります。DDプロセスでは、株主間契約の有無や、資金の流れ、創業時からの経緯をヒアリングし、真の「実質的支配者(Beneficial Owner)」を特定した上で、SPAにおいて彼らを含めた当事者全員の署名を求めることが不可欠です。
[ 最終交渉および最終契約書締結 ]… ⑤
デューデリジェンス(DD)の結果が出揃った段階で、検出されたリスクや条件を反映させ、最終的な詳細条件を双方合意のもと整理します。この際、通常は買収側(Buyer)が最終契約書(DA:Definitive Agreement)のドラフトを作成し、売却側(Seller)に提示します。
主導権を握る買収側がドラフトを作成することで、DDで発見された固有のリスクに対する防御策を第一案から織り込むことが可能となるため、実務上はこの手順が鉄則となります。ここでの最終契約書とは、株式譲渡をスキームとする場合は株式譲渡契約書(SPA:Share Purchase Agreement)を指します。
2026年現在のベトナム実務において、SPAに盛り込むべき主要項目と留意点は以下の通りです。
1. 定義(Definitions)
契約書内で使用される用語(「営業日」「重大な悪影響(MAE)」「許認可」等)を厳密に定義します。特にベトナム案件では、「法令(Law)」の定義に、頻繁に変更・発行される政令(Decree)や通達(Circular)、さらには当局の運用指針を含めるかどうかが、後の解釈を巡る隠れた争点となります。
2. 取引対象物の特定(Sale and Purchase of Shares)
譲渡対象となる株式数と、譲渡価格(Purchase Price)を特定します。 DDの結果、未払いの社会保険料や確定した税務債務などが判明している場合は、この段階で「価格調整条項を設けます。買収価格からリスク相当額を直接減額するか、あるいは純負債や運転資本の計算式に反映させ、クロージング時に精算するメカニズムを構築します。
3. クロージングの前提条件(Conditions Precedent / CP)
契約署名後、実際に資金決済と株式引渡しを実行するために、「売主が決済日までに満たさなければならない条件」を列挙します。ベトナムのクロスボーダーM&Aでは、行政手続きの不確実性が高いため、ここが最も時間を要するパートとなります。
• 行政手続きの完了:
o 企業結合届出のクリアランス: 競争法上の閾値を超える場合、国家競争委員会からの承認取得、または届出不要確認書の受領は絶対条件です。
o M&A承認(投資登録): 外資規制対象の場合、計画投資局(DPI)からの「株式取得承認通知」の取得を必須とします。
• DD検出事項の是正:
o 土地使用権の適法性確保: 2024年施行の改正土地法に基づき、土地使用目的の不一致是正や、賃料支払い形態(年払い等)に伴う権利移転の制約がないことを確認・是正させます。
o その他: 名義借り株主の整理や、環境ライセンスの取得など、買収後の事業継続に致命的な欠陥は、クロージング前に売主の責任で完遂させます。
4. クロージング(Closing)と決済ルート
決済と権利移転の手続きを規定します。 2026年の実務で最も警戒すべきは「資本口座規制」です。海外からの買収代金は、必ずベトナム国内に開設された「直接投資資本口座(DICA)」または「間接投資資本口座(IICA)」を経由して送金されなければなりません。これを逸脱した送金(親会社から売主の海外口座への直接送金等)はベトナム法上違法となり、将来の配当送金や資本回収が不可能になるため、契約書上で指定口座を厳格に規定します。
5. 表明および保証(Representations and Warranties)
売主が対象会社の内容について、真実かつ正確であることを保証する条項です。ベトナム企業は情報の透明性が低いため、買主としては「完全な開示を求め、強力な保証を勝ち取ることが重要です。
6. 誓約事項(Covenants)
契約締結からクロージングまでの期間(Pre-closing)、およびクロージング後の行動義務を定めます。
• クロージング前の誓約: 通常の事業運営を継続し、重要な資産の売却や新たな借入、従業員の大量解雇を行わないこと。
• クロージング後の誓約: 売主(特に創業者)による競業避止義務や、DDで見つかった軽微な不備(社内規程の改定等)を一定期間内に是正すること。
7. 補償(Indemnity)と特別補償
表明保証違反や誓約違反があった場合の損害賠償ルールです。 通常の補償に加え、DDですでに発覚しているが金額が未確定なハイリスク事項(例:未払い残業代、係争中の税務・関税問題)については、「特別補償(Specific Indemnity)」を設定するのが定石です。これは、補償上限額(Cap)や免責金額(Basket)の適用を除外し、「発生した損害の1ドン目から全額」を売主に補償させる強力な条項であり、買主のリスクヘッジの最後の砦となります。
8. 解除(Termination)
クロージング前に取引を中止できる条件を定めます。 当局の許認可が下りないまま一定期間が経過した場合や、重大な表明保証違反が発覚した場合の解除権に加え、契約破棄に伴う「ブレイクアップ・フィー(解約違約金)」の取り扱いについても明記します。
9. 雑則(Miscellaneous)
完全合意や通知先などの一般条項に加え、「準拠法および紛争解決を定めます。 ベトナム企業とのM&Aでは、ベトナム国内での執行可能性を高めるため、紛争解決機関として「ベトナム国際仲裁センター(VIAC)」または中立的な「シンガポール国際仲裁センター(SIAC)」を選定するのが一般的です。
(補足:株主間契約 SHAについて) なお、100%買収ではなく、合弁(JV)形態をとる場合は、上記SPAと並行して株主間契約(SHA)を締結し、取締役の指名権や重要事項への拒否権(Veto Rights)、デッドロック時の解消メカニズムといった「共同経営のルール」を別途定める必要があります。
[ 企業結合届出(該当する場合)]… ⑥
SPA締結後、クロージングに向けた最初の関門となるのが、競争法(Competition Law)に基づく企業結合届出です。これは、M&Aによって市場の独占が進み、健全な競争が阻害されることを防ぐための制度です。
対象となる基準(閾値) 取引当事者のいずれかが、政令(Decree 35/2020/ND-CP等)で定められた以下の基準の一つでも超過する場合、ベトナム競争委員会(VCC:Vietnam Competition Commission)への事前届出が義務付けられています。
• 総資産または総売上高: ベトナム市場において一定額(例:3兆ドンなど)を超える場合。
• 取引価値(Transaction Value): 買収額が一定額(例:1兆ドンなど)を超える場合(※オンショア取引の場合)。
• 市場シェア: 結合後の市場シェアが20%以上となる場合。
審査プロセスとガン・ジャンピング規制 届出後、まずは「予備審査」が行われます(法定期間30日)。多くの案件はこの段階で「競争制限の懸念なし」としてクリアランスが得られますが、市場シェアが高い場合や特定の集中産業においては「本審査(Official Review)」へ移行し、さらに90日(延長あり)の審査期間を要することがあります。 重要かつ厳守すべきは、このクリアランス取得前に株式譲渡や経営への介入(人事権の行使など)を行うこと、いわゆる「ガン・ジャンピング(Gun Jumping)」は厳禁であり、高額な罰金(前年度売上の最大5%等)やM&A自体の無効化につながる点です。
[ M&A承認(投資登録)の取得]… ⑦
以下のいずれかに該当する場合、計画投資局(DPI)に対して「出資・株式取得の登録承認(M&A承認)」を申請する必要があります。
1. 対象企業が「条件付き投資分野(不動産、流通、教育など)」に該当する場合。
2. M&Aの結果、外資比率が50%を超えることとなる場合(または既に50%超の企業の株式を追加取得する場合)。
実務上、最大の遅延要因となるのが「国防・安全保障」に関する審査です。対象企業の土地使用権が、軍事的に敏感な地域(沿岸部や空港周辺等)にあると判断された場合、DPIから国防省や公安省への意見照会が行われ、回答待ちの状態が数ヶ月続くことも稀ではありません。 ただし、近年の投資関連法令の改正および運用変更により、戦略的に重要な分野(ハイテク、半導体等)や、国防・安保に影響しないことが明白な一般商用地域における案件については、審査プロセスが簡素化される「グリーンチャネル」の適用が進みつつあります。
[ 資金決済・株式引渡し]… ⑧
当局からのM&A承認(および競争法クリアランス)を取得した後、いよいよ資金決済と株式の引渡しを実行します。ここで日本企業が最も注意すべきは、ベトナム特有の「外国為替管理規制(Circular 06等)」です。 海外からの買収代金決済は、必ずベトナム国内の商業銀行に開設された以下の「資本口座」を経由して行わなければなりません。
• 直接投資資本口座(DICA): 外国人が新会社を設立する場合、またはM&Aにより外資比率が51%以上となる場合に使用します。
• 間接投資資本口座(IICA): 既存のベトナム企業の少数株式を取得する(外資比率が51%未満)場合などに使用します。
親会社から売主の海外口座へ直接送金する「オフショア決済」や、資本口座を経由しない「通常の当座預金への送金」は、ベトナム法上、正規の投資資金として認められません。これにより、将来の配当送金や、撤退時の資本回収(Repatriation)が銀行によって拒絶されるという致命的な事態を招きます。必ず着金時の「送金エビデンス(Credit Advice)」を確保し、正当な投資であることを証明できるようにしておくことが鉄則です。
[ 事業許可(サブライセンス)の更新・再申請]… ⑧
資金決済が完了しても、手続きは終わりではありません。速やかに以下の手
続きを行うことで、M&Aは法的に完結します。
• キャピタルゲイン税の申告・納税: 通常、株式譲渡の承認から10日以内に納税義務が生じます。売主が外国法人や外国人の場合、ベトナム国内で納税できないケースが多いため、「買主が代金から税額を源泉徴収し、売主に代わって申告・納税する」手続きが一般的です。
• 企業登録証明書(ERC)の変更: 計画投資局(DPI)にて、法的代表者や株主名簿の変更登記を行います。このERCが書き換えられた時点が、対外的な効力発生日となります。
• 投資登録証明書(IRC)の修正: 対象企業がIRC(外資系企業としての証明書)を保有している場合は、その修正も必要です。
• 事業許可(サブライセンス)の更新: 流通業(小売)、教育、医療などの特定分野では、親会社の変更に伴い、所管省庁への報告やライセンスの書き換えが求められます。これを怠ると、最悪の場合、営業停止処分を受けるリスクがあるため、PMI(統合プロセス)と並行して確実に実施する必要があります。
M&A に関する規制・法律
■M&Aに関する法整備の状況
ベトナムは2007年の世界貿易機関(WTO)加盟に伴い、法体系の近代化を進めてきました。現在では、国内外の企業を平等に扱う「企業法」および「投資法」が整備され、かつて外資参入が制限されていた多くの業種に対して、段階的に市場開放が行われています。
ただし、ベトナムにおいてM&Aを単独で規定する法律は存在せず、その規制は企業法、投資法、証券法、競争法、民法、そしてベトナムが締結した国際協定(WTO公約やCPTPP等)に分散しています。原則として国際協定が国内法より優先されますが、国内法との整合性が取れていない部分もあり、実務上の解釈において高度な専門知識が求められます。
実務上の留意点
ベトナムの法運用や行政手続には依然として不透明な部分があります。法律上は「外資100%出資可能」とされる業種であっても、実務上は管轄の計画投資局等がライセンスを発行しない、あるいは追加の条件を課すといったケースが散見されます。 さらに、法解釈や許認可の判断基準が、担当官、地域、時期によって異なることも珍しくありません。過去に許可された事例が、現在の担当官の判断でも同様に許可されるとは限らないのが実情です。 したがって、あらゆるリスクを想定し、ベトナムの法実務に精通した専門家による法務デューデリジェンス(買収監査)を行うことが、財務デューデリジェンスと同様に不可欠です。
________________________________________
出資比率と関連規制・法律
株式取得によるM&Aを行う場合、取得する出資比率(議決権比率)に応じて、企業法や証券法上の権利・義務が変動します。主要な出資比率のラインは以下の通りです。
※以下は2020年企業法、2020年投資法、2019年証券法に基づく基準です。
[ 出資比率 5% ]:少数株主権の発生
ベトナムの2020年企業法では、少数株主の保護が強化されました。普通株式総数の5%以上を所有する株主(または株主グループ)には、株主総会の招集請求権や、取締役会議事録・財務諸表等の閲覧権が認められています(企業法第115条)。 旧法(10%要件)に比べて権利行使のハードルが下がっているため、M&Aにおける所有比率の検討プロセスでは、5%を持つ少数株主の存在を十分に考慮する必要があります。
[ 出資比率 25% ]:公開買付(TOB)義務
上場企業の議決権付き株式の25%以上を取得する場合、原則として公開買付を行わなければなりません(証券法第35条)。市場内取引で段階的に買い進める場合でも、このラインに抵触する可能性があるため注意が必要です。
[ 出資比率 50%超 ]:支配権の獲得と「外資」としての扱い
① 経営権の掌握(普通決議)
株主総会の成立要件(定足数)は、議決権総数の50%超の株主の出席です。また、一般的な重要事項(事業計画、決算承認など)を決める「普通決議」は、総会出席者の議決権の50%超の賛成で可決されます(企業法第145条、148条)。 したがって、50%超の株式を取得することで、実質的な会社の支配権(経営権)を獲得できます。
② 投資手続上の「外資」扱い
2020年投資法では、外国投資家の保有比率が50%を超える企業が、さらに別のベトナム企業へ投資する場合、「外国投資家」と同様の厳格な投資手続(投資登録証明書の取得など)が求められます(投資法第23条)。
※旧法では51%以上でしたが、現在は「50%超」が基準となっています。
[ 外資規制(Foreign Ownership Limit: FOL)について ]
上場企業や公開会社に対する外資上限については、2019年証券法および政令155/2020/ND-CPにより規定されています。
国際条約がある場合: WTO等の条約規定に従う。
条件付き業種の場合: 関連法令に上限規定があればそれに従う。規定がない場合、一部の例外を除き、上限は50%(または業種により異なる)となる可能性があります。
上記以外: 原則として外資上限はなく、100%まで取得可能です。
なお、具体的な「市場アクセス制限業種」については、最新のネガティブリストを確認する必要があります。
[ 出資比率 65% ]:重要事項の拒否権・決定権
定款変更、会社再編(合併・分割)、株式の種類・数の変更などの最重要事項は「特別決議」による承認が必要です。 特別決議の可決には、有効な株主総会において出席者の議決権総数の65%以上の賛成が必要です(企業法第148条)。 逆に言えば、35%超の株式を保有していれば、これらの重要事項に対して拒否権を発動することが可能です(=特別決議の阻止)。M&Aにおいて完全な支配を目指す場合は、この65%というラインを意識する必要があります。
■統一企業法
■組織再編
M&Aにかかわる内容としては、企業法(59/2020/QH14)9 章
(198 条以降)に組織再編についての規定があります。
[ 企業分割]
企業分割とは、有限会社または株式会社が、既存の会社資産を分割し、2つ以上の新しい会社(以下、分割新設会社)を設立することを指します。この手続において、元の会社(分割元会社)は解散(清算)され、消滅します。 企業法第198条に基づく主な手順は以下のとおりです。
1. 分割元会社の社員総会(有限会社の場合)または株主総会(株式会社の場合)において、企業分割の決議を行います。決議内容には、分割元会社の名称・所在地、分割新設会社の名称、分割の原則・手続、労働使用計画、資産・資本の配分、分割元会社の債務処理方法、および実施期限が含まれている必要があります。
2. 決議採択から15日以内に、企業分割の決定事項をすべての債権者および従業員に通知しなければなりません。
3. 分割新設会社の社員(メンバー)または株主は、定款を採択し、役員を選任します。その後、企業法の規定に従い企業登録(設立手続)を行います。この際、分割元会社の分割決議書を提出する必要があります。
4. 分割新設会社の企業登録が完了した時点で、分割元会社は法律上消滅します。原則として、分割新設会社は分割元会社の未払債務、労働契約、その他の財産的義務に対して連帯責任を負います(ただし、債権者等の合意により特定の会社が承継する場合を除く)。
[ 企業分離]
企業分離とは、有限会社または株式会社が、その資産・権利・義務の一部を
譲渡し、1つ以上の新しい会社(以下、分離新設会社)を設立することを指します。企業分割とは異なり、元の会社(分離元会社)は解散せず存続します。 企業法第199条に基づく主な手順は以下のとおりです。
1. 分離元会社の社員総会または株主総会において、企業分離の決議を行います。決議内容には、分離元会社および分離新設会社の名称・所在地、労働使用計画、配分される資産・権利義務の価額、実施期限が含まれている必要があります。
2. 決議採択から15日以内に、企業分離の決定事項をすべての債権者および従業員に通知しなければなりません。
3. 分離新設会社の社員または株主は、定款を採択し、役員を選任した後、企業登録(設立手続)を行います。
4. 企業登録後、分離元会社と分離新設会社は、分離元会社の従前の債務や義務について連帯責任を負います(ただし、債権者等との間で別段の合意がある場合を除く)。
[ 新設合併(Consolidation)]
新設合併(企業統合)とは、2つ以上の会社(消滅会社)が全資産・権利・義務・利益を統合して、1つの新しい会社(以下、新設合併会社)を設立することを指します。この手続において、元の会社はすべて解散します。 企業法第200条に基づく主な手順は以下のとおりです。
1. 合併当事会社は、新設合併契約を締結します。契約書には、各社の名称・所在地、合併手続・条件、労働使用計画、資産・持分・株式・社債の転換比率および期間、実施期限、新設合併会社の定款案を含める必要があります。
2. 各当事会社の社員総会または株主総会において、新設合併契約および定款案などを承認し、新設合併会社の役員を選任します。
3. 承認後15日以内に、新設合併契約書をすべての債権者に送付し、従業員に通知しなければなりません。
4. 【競争法上の留意点】 ベトナム競争法(Law No. 23/2018/QH14)に基づき、合併当事会社の資産総額、売上総額、取引額、または市場シェアが政令(35/2020/ND-CP等)で定める基準に該当する場合、国家競争委員会(National Competition Commission)に対して「経済的集中」の事前届出を行わなければなりません。 また、合併が「競争を著しく制限する効果」をもたらすと判断された場合、当該合併は禁止されます。
5. 新設合併会社の企業登録完了をもって、消滅会社は消滅します。新設合併会社は、消滅会社のすべての権利、未払債務、労働契約、その他の財産的義務を承継します。
[ 吸収合併(Merger)]
吸収合併(企業合併)とは、1つ以上の会社(消滅会社)が全資産・権利・義務・利益を、別の既存の会社(存続会社)に移転することを指します。この手続において、消滅会社は解散し、存続会社のみが残ります。 企業法第201条に基づく主な手順は以下のとおりです。
1. 関連するすべての会社は、合併契約を締結します。契約書には、存続会社および消滅会社の名称・所在地、合併手続・条件、労働使用計画、資産・持分・株式の転換比率および期間、実施期限などが含まれている必要があります。
2. 各会社の社員総会または株主総会において合併契約等を承認し、存続会社の変更登録手続を行います。
3. 合併契約書は、承認後15日以内にすべての債権者に送付し、従業員に通知しなければなりません。
4. 【競争法上の留意点】 新設合併と同様に、ベトナム競争法に基づき、当事会社の資産、売上、取引額等が一定の基準を超える場合、国家競争委員会への事前届出が必要です。予備審査および本審査を経て、合併許可または禁止の判断が下されます。
5. 存続会社の事業登録(変更)が完了した後、消滅会社は事業活動を終了します。存続会社は、消滅会社のすべての合法的権利・利益、未払債務、有効な労働契約、およびその他の義務について全責任を負います。
■証券法
証 券 法(The Law on Securities No.7 0/2 0 0 6/QH1 1 dated June 29, 2006, as amended by Law No.62/2010/QH12)および2 0 1 9 年1 1 月2 6 日にベトナム国会で可決した新たな証券法(No.54/2 0 1 9/QH1 4) では、ベトナムの公開企業の株式取得について規定されています。特に、証券法の通達(Circular No.194/2009/TT-BTC dated October 2, 2009)では公開買付について規定されています。これらは、公開企業の買収にかかわる唯一 の規制となっています。
• 公開買付規制
[ 公開買付の申請が必要とされるケース]
ベトナムにおける上場企業・公開企業のM&A(株式取得)は、主に2019年証券法(Law No. 54/2019/QH14)およびその詳細を規定する政令155/2020/ND-CPによって規制されています。 市場内取引や相対取引ではなく、広く一般株主から株式を募集する「公開買付(テンダーオファー)」については、証券法第35条において厳格な実施要件が定められています。
[ 公開買付の実施が義務付けられるケース ]
証券法第35条1項に基づき、組織または個人(およびその関連者)が以下のいずれかの基準に該当する議決権付き株式(またはクローズドエンド型ファンド証券)を取得する場合、国家証券委員会(SSC)への届出および公開買付の実施が義務付けられています。
1. 【25%ルールの適用】 現在、対象会社の株式を保有していない、あるいは保有比率が25%未満の投資家が、取得後に保有比率が25%以上となる買付けを行う場合。
2. 【段階的取得のトリガー】 すでに25%以上の株式を保有している投資家(およびその関連者)が、追加取得により以下の保有比率に到達、または超過する場合。
o 35%
o 45%
o 55%
o 65%
o 75% ※旧法に比べ、トリガーとなる基準値が細かく設定されているため注意が必要です。
3. 【全株式の取得】 公開会社のすべての議決権付き株式を取得する場合(上場廃止を前提とするケースなど)。
[ 公開買付が免除されるケース ]
以下のケースに該当する場合、証券法第35条2項および政令155号に基づき、公開買付手続を経ずに株式を取得することが認められています(ただし、所定の報告義務は発生します)。
1. 新株発行による取得: 株主総会(GMS)によって承認された発行計画に基づき、新たに発行される株式または証券を取得する場合(第三者割当増資など)。
2. 株主総会承認済みの譲渡: 株主総会において、「公開買付手続を経ずに株式を譲渡・取得すること」および「譲渡人・譲受人の名称」が明確に承認されたうえで、株式譲渡が行われる場合。
3. 組織再編・法的命令:
o 企業の統合、合併、分割による株式の移転。
o 裁判所の判決・決定、または仲裁判断に基づく株式の移転。
o 相続による株式の取得。
4. グループ内取引: 企業グループ内(親会社・子会社間など)での株式譲渡であり、かつ所定の情報開示要件を満たす場合。
[ 実務上の留意点 ]
• 事前届出と承認: 公開買付を行う場合、投資家は国家証券委員会(SSC)に登録文書を提出し、承認を得る必要があります。SSCは文書受領から所定の期間内に回答を行います。
• 買付価格の規制: 公開買付における提示価格は、届出前の市場価格の平均等を基準に、法令で定める下限ルールを遵守する必要があります。
• プロセスの透明性: 公開買付プロセスに入ると、対象会社および投資家は、情報の正確性・完全性を保証し、市場に対して適時開示を行う義務を負います。
• 公開買付の登録
公開買付を実施する場合、買付者は国家証券委員会(SSC)への事前登録を行い、承認を得る必要があります。このプロセスは、2019年証券法および政令155/2020/ND-CPによって厳格に管理されています。
[ 登録・審査プロセス ]
1. 届出書の提出: 買付者は、国家証券委員会(SSC)に対し「公開買付登録届出書」および関連書類を提出します。同時に、対象会社(ターゲット企業)の取締役会に対しても、同様の書類を送付します。
2. SSCによる審査(15日ルール): SSCは、完全な書類を受領してから15日以内に審査を行います。書類に不備がある場合、修正・追加提出が求められます。SSCがこの期間内に拒絶の回答をしなかった場合、公開買付は承認されたものとみなされます(政令155号第85条)。
3. 公表と実施: SSCの承認後、買付者は7日以内に買付の実施を公表し、その公表日から3日後以降に買付期間(30日〜60日)が開始されます。
4. 対象会社による意見表明: 対象会社の取締役会は、公開買付の開始日から10日以内に、当該買付に対する賛否および株主への助言を記載した意見書をSSCに送付し、かつ証券取引所等を通じて株主へ情報を開示しなければなりません。
[ 必要書類と要件 ]
公開買付登録届出書には、主に以下の書類・情報を添付する必要があります(政令155号第84条)。
1. 公開買付登録書: 買付者の基本情報、買付価格、予定数量、期間等を記載した所定フォーム。
2. 法人の法的書類: 企業登録証明書(ERC)等の写し。
3. 内部承認決議: 買付者の株主総会または取締役会(理事会)における、公開買付実施に関する決議書。
4. 資金証明(最も重要な書類): 買付資金が確保されていることを証明する書類。具体的には以下のいずれかが必要です。
o 商業銀行による「公開買付資金の支払保証書」。
o 商業銀行の「エスクロー口座(預託口座)における残高証明書」(買付予定総額の100%以上の確保が必要)。
5. 公開買付代理契約書: 手続を代行する証券会社との間で締結された代理契約書。
6. 事業計画等: 買付完了後の対象会社の運営方針、役員構成の変更案、労働者に対する処遇方針などを記載した文書。
7. 証券保有状況の報告書: 買付者およびその関連者が、現在保有している対象会社の株式数等の申告。
[ 外国投資家に関する特則 ]
• 翻訳・公証: 買付者が外国法人であり、提出書類が外国語で作成されている場合、ベトナム公証人による公証を受けたベトナム語翻訳文を添付する必要があります。
• 外資規制(FOL)の遵守: 外国投資家による公開買付は、対象会社が属する業種ごとの「外国人保有比率上限」の範囲内で行わなければなりません。上限を超える買付登録は受理されません。
• 対象会社の取締役会、対象投資ファンド取締役会の責務
対象会社(ターゲット企業)の取締役会、または対象投資ファンドの代表委員会(および運営会社)は、公開買付登録届出書等の書類一式を受領した日から10日以内に、以下の措置を講じなければなりません(政令155/2020/ND-CP 第93条)。
1. 国家証券委員会(SSC)への送付: 公開買付に対する意見書を作成し、SSCおよび買付者に送付する。
2. 株主への情報開示: 同意見書を、対象会社のウェブサイトや証券取引所の公示システムを通じて、すべての株主および投資家に公表する。
[ 意見書に記載すべき内容 ]
提出する意見書には、以下の事項を具体的かつ明確に記載する必要があります。
1. 買付価格の評価: 提示された買付価格が、現在の市場価格や企業価値と比較して適正であるかどうかの評価。 実務上のポイント: 取締役会単独での判断が難しい場合、外部の独立ファイナンシャル・アドバイザー(FA)を選任し、フェアネス・オピニオン(公正価値評価書)を取得して添付することが推奨されます。
2. 買付者の計画に対する評価: 買付者が提示した「買収後の事業計画」「労働者に対する処遇方針」「経営体制の変更案」に対する取締役会としての見解。
3. 株主への推奨: 株主に対して、当該公開買付のオファーを「受諾すべき」か「拒絶すべき」か、あるいは「中立」かの推奨意見。
[ 決議と反対意見の取扱い ]
意見書は、対象会社の取締役会(またはファンド代表委員会)の決議に基づいて作成され、会長または法的代表者が署名します。 もし、取締役会メンバーの中に、取締役会としての公式見解(賛成・反対)に同意しない者がいる場合、その反対意見および理由を意見書内に明記しなければなりません。
これにより、株主は経営陣が一枚岩であるか、意見が割れているかを知ることができます。
• インサイダー取引規制
M&Aに関連する未公開情報(内部情報)を知り得る以下の役職者・関係者は、証券法第129条に基づきインサイダー取引規制の対象となります。これらの者は、公開買付等の情報が公表される前に、当該情報を利用して証券を売買すること、または第三者に情報を提供・推奨することが厳格に禁止されています。
• 取締役会メンバー(会長・取締役)
• 社長(General Director)、副社長
• 主任会計士
• 主要株主(内部情報にアクセス可能な者)
• 監査役
• 公開買付を行う者(およびその関係者)
• 対象会社および対象投資ファンドの運営者
• 公開買付に関与するアドバイザー(証券会社、法律事務所、監査法人等の個人を含む)
また、公開買付期間中においては、買付者は「公開買付の手続によらない株式の売買(市場外での抜け駆け的な購入など)」を行うことが別途禁止されています(政令155号第95条)。
• 公開買付の価格設定
公開買付における提示価格は、一般株主の利益を保護するため、政令155号第89条により以下の下限ルールが定められています。
• 上場企業の場合: 提示価格は、以下の価格のうち、最も高い価格を下回ってはなりません。
1. 公開買付届出前の60取引日における対象株式の平均参照価格。
2. 公開買付届出時までに、買付者が対象株式を取得した際の最高取得価格。
• 非上場・非登録の公開会社の場合: 提示価格は、以下の価格のうち、最も高い価格を下回ってはなりません。
1. 評価機能を持つ証券会社または評価機関によって算出された1株当たりの評価額。
2. 公開買付届出時までに、買付者が対象株式を取得した際の最高取得価格。
• 価格の変更(引き上げ): 公開買付期間中、買付者は提示価格を引き上げることのみ許されています(引き下げは不可)。価格を引き上げる場合、期間終了日の7日前までに国家証券委員会(SSC)に通知し公表しなければなりません。この場合、すでに応募済みの株主を含め、すべての応募者に対して新しい(高い)価格が適用されます。
• 公開買付の撤回
一度公表された公開買付は、市場の安定性を守るため原則として撤回できません。政令155号第92条に基づき、以下の限定的な状況において、国家証券委員会の承認を得た場合にのみ撤回が可能です。
• 対抗公開買付の出現: 期間中に、第三者が対抗的な公開買付の申込みを行った場合。
• 対象会社による防衛策等の実施: 対象会社が期間中に、定款資本の減少、主要資産の売却、または新株発行(義務転換を除く)を行うことを決定した場合。
• 不可抗力: 天災、火災、戦争等により買付の継続が不可能となった場合。
撤回する場合、買付者は国家証券委員会に報告し、承認を得てから24時間以内にその旨を情報開示する必要があります。 ※旧法にあった「最低応募数に達しない場合の撤回」は、届出書にその旨をあらかじめ明記していた場合にのみ認められます。
• 公開買付取引
[ 公募(情報開示) ]
国家証券委員会から公開買付の承認を受けた後、買付者は7日以内に、情報開示システム(IDS)およびウェブサイト等を通じて、公開買付の実施を公表しなければなりません。 実際の買付期間(申込み受付)は、この公表日から3日後に開始されます。買付者は、必ず1社の証券会社を「公開買付代理人」として指定し、手続を委託する必要があります。
[ 期間 ]
公開買付期間は30日以上60日以内で設定しなければなりません。期間中に価格等の条件変更があった場合でも、期間終了前の7日ルール(前述)を遵守する必要があります。
[ 応募の撤回権 ]
公開買付に応募した株主は、公開買付期間中であれば、いつでもその応募(申込み)を撤回(キャンセル)することができます。
[ 株式数と決済(按分比例) ]
応募された株式総数が、買付予定数を上回る場合、買付者はすべての応募株主から公平に買い取るため、按分比例方式で買い付けを行います。 公開買付終了時、指定された代理証券会社は、法定期限内に応募株主への代金決済および株式の振替手続を実行しなければなりません。
[ 80%超取得時の義務 ]
公開買付の結果、買付者およびその関連者の保有比率が80%以上に達した場合、買付者は以下の義務を負います(証券法第35条)。
• 公開買付終了後30日間、残存する株主から売却の請求があれば、公開買付と同じ価格・条件で株式を買い続けなければなりません。 これは、上場廃止基準等に抵触する可能性のある少数株主に対し、換金の機会(Exit)を保証するための規定です。
· 公開買付提供者の義務と禁止行為
公開買付の届出から完了までの間、以下の行為は政令155号第95条により禁止されています。
• 公開買付の手続によらずに、直接的・間接的に対象株式を買い付けること(またはそのオファーを出すこと)。
• 対象会社の株式を売却すること。
• 特定の株主に対してのみ、公開買付とは異なる条件(優遇条件など)や個別の情報を提供すること。
• 正当な理由なく、応募された株式の購入を拒絶すること。
[ 結果報告 ] 買付者は、公開買付期間終了日から5日以内に、国家証券委員会および対象会社に対して結果報告書を提出し、かつ公衆に向けて情報開示を行わなければなりません。
· 補足:法的根拠 本稿における公開買付規制は、2019年証券法(Law No. 54/2019/QH14)および政令155/2020/ND-CPに基づいています。旧法令(規則18-2007-TT-BTC等)は廃止されており、財務省および国家証券委員会は現行法に基づいて監督・処分を行います。
■競争法(独占禁止法)
ベトナムでのM&A取引は、競争法(Law No. 23/2018/QH14)において「経済的集中と定義され、市場競争への影響が監視されています。 2018年競争法およびその施行細則である政令35/2020/ND-CPにより、一定規模以上のM&Aを行う場合には、国家競争委員会(NCC:National Competition Commission)への事前届出が義務付けられています。
[ 経済的集中の事前届出制度]
M&A当事者は、取引の実施前(クロージング前)に、以下のいずれかの基準に該当する場合、NCCへ届出を行わなければなりません。 ※以下の数値は政令35/2020/ND-CPに基づく一般的な基準です(2026年1月現在)。
1.総資産額: ベトナム市場における資産総額が3兆ドン(約1億2000万米ドル相当)以上。
2.総売上高: ベトナム市場における総売上高が3兆ドン以上。
3.取引金額: 取引金額が1兆ドン以上(ただし、ベトナム国内で実施される取引に限る)。
4.市場シェア: 関連市場における結合後の市場シェアが20%以上。
【重要】 旧法では市場シェアのみが基準でしたが、現行法では資産や売上高も基準となります。そのため、シェアが低くても企業規模が大きい場合は届出が必要となるケースが増えています。
[ 禁止される取引 ]
旧法では「市場シェア50%超の取引」が一律に禁止されていましたが、現行法ではこの数値基準による自動的な禁止は廃止されました。 代わって、NCCの審査により「ベトナム市場における競争を著しく制限する効果をもたらす、またはもたらす可能性がある」と判断された場合にのみ、当該M&Aは禁止されます(競争法第30条)。 逆に言えば、シェアが高くなる場合でも、特例(ポジティブな経済効果や技術革新への貢献など)が認められれば、条件付きで許可される可能性があります。
[ 手続とスケジュール ]
•予備審査: NCCは届出書類の受領から30日以内に、取引の承認または本審査への移行を決定します。多くの案件はこの段階でクリアされます。
•本審査: 競争への影響が大きいと判断された場合、90日以内(複雑な場合は延長あり)の詳細な審査が行われます。
当事者は、NCCからの結果通知を受け取るまで、M&A取引を完了(株式譲渡の実行など)させてはなりません。
[ 市場シェアの算定について ]
「関連市場」の定義や「市場シェア」の算定方法については、政令35号および関連法令において詳細な規定が設けられました。しかし、実務上は「関連市場」の範囲(製品市場および地理的市場)をどこまで広げて解釈するかについて、当局と専門家の間で見解が分かれることもあります。 そのため、届出基準(特にシェア20%基準)に近い案件では、事前に専門家を通じた慎重な分析が不可欠です。
■WTO協定
ベトナムにおけるM&Aや投資活動を検討する際、国内法(企業法、投資法など)と並んで極めて重要なのが、ベトナムが加盟している「国際条約」の存在です。
[ 条約優位の原則 ]
ベトナムは2007年の世界貿易機関(WTO)加盟以降、急速に法体系の国際化を進めてきました。 現在、ベトナムの条約法(Law on Treaties 2016)や民法、投資法などの基本法において、「ベトナムが締結した国際条約の規定が国内法と異なる場合、国際条約の規定を優先して適用する」という原則が明記されています。 したがって、国内法では「外資規制あり」と読める場合でも、WTO協定やCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)などで「市場開放」が約束されている場合、理論上は条約の規定に基づき参入が可能となります。
[ 法整備の変遷と現状 ]
ベトナムは1986年の「ドイモイ(刷新)」政策以降、市場経済化と対外開放へ舵を切りました。かつては社会主義特有の古い法令が散見されましたが、2005年、2014年、そして2020年の大規模な法改正サイクルを経て、法体系は劇的に近代化されました。 2026年現在、かつてのような「古い法令が残っていて阻害要因になる」という状況はほぼ解消されています。 現在の実務上の課題は、矢継ぎ早に制定される新法同士の「整合性の欠如」や、法律の細部を埋める「下位規定(政令・通達)の制定遅れ」、そして担当官による「法解釈のブレ」に移行しています。条約優位の原則は、こうした国内法運用の不透明さを突破するための重要な武器となります。
[ 日本企業が参照すべき多層的な条約 ]
日本企業がベトナムでM&Aを行う場合、参照すべき国際ルールは多層的です。
1.WTO協定: すべての加盟国に適用されるベースライン(サービス分野のコミットメント等)。
2.日越投資協定(BIT): 2004年発効。投資財産の保護や紛争解決(ISDS条項)に強み。
3.日越経済連携協定(VJEPA): 2009年発効。関税撤廃やビジネス環境整備を含む。
4.CPTPP(TPP11)および RCEP: 近年発効したメガFTA。特にCPTPPは、WTOよりも高いレベルでの市場開放(サービス、電子商取引、政府調達等)や投資家保護を規定しています。
[ 法務デューデリジェンスにおける留意点 ]
日本とベトナムの間には、上記の通り複数の協定が存在します。実務上は、これらの協定の中で「投資家にとって最も有利な条件(Most Favorable Treatment)」を規定しているものが適用されると解釈されます。 法務デューデリジェンスにおいては、単にベトナム国内法を確認するだけでなく、「どの条約・協定を根拠にすれば、外資規制の緩和やより強い法的保護(紛争解決手続など)を享受できるか」という視点で、クロスボーダーの法的検証を行うことが不可欠です。
■民事訴訟法
ベトナムにおけるM&A契約(株式譲渡契約や株主間契約)では、紛争解決手段としてベトナムの裁判所ではなく、中立性と専門性の高い「外国の仲裁機関」を利用する条項を設定するのが一般的です。 よく利用されるのは、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)や香港国際仲裁センター(HKIAC)です。また、近年ではベトナム国際仲裁センター(VIAC)の利用も増えています。
[ 外国仲裁を選択するための条件 ]
まず注意すべきは、いかなる場合でも外国仲裁を選べるわけではないという点です。 ベトナム商事仲裁法によれば、外国仲裁機関を選択できるのは、紛争関係に「外国的要素」がある場合に限られます(商事仲裁法第2条)。
•外国法人が当事者の場合: 外国仲裁(SIAC等)を選択可能。
•ベトナム法人同士(外資系現地法人含む)の場合: 原則としてベトナム国内の仲裁機関(VIAC等)またはベトナム裁判所しか選択できません。 したがって、現地法人同士の再編や譲渡の場合は、SIAC条項が無効となるリスクがあるため注意が必要です。
[ 司法管轄権の排除(仲裁合意の効力) ]
契約書に有効な仲裁条項が存在する場合、ベトナムの裁判所は原則として当該紛争の審理を受理してはならず、仲裁廷に委ねなければなりません(商事仲裁法第6条)。 しかし実務上、相手方が時間稼ぎや妨害を目的として、「仲裁合意は無効である」「消費者保護案件である」等の理由をつけてベトナムの裁判所に提訴するケースがあります。 これに対抗するためには、契約書の仲裁条項を極めて明確かつ不備なく記述し、ベトナムの裁判所が介入する余地をなくしておくことが重要です。
[ 外国仲裁判断の承認と執行 ]
外国で仲裁判断(勝訴判決に相当)を得たとしても、それをベトナム国内にある相手方の資産に対して強制執行するためには、ベトナムの裁判所において「外国仲裁判断の承認と執行(Recognition and Enforcement)」の手続を経る必要があります。 ベトナムは「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」に加盟しており、制度上は外国の仲裁判断を承認する義務があります。 しかし、ベトナム民事訴訟法(2015年)第459条には、承認を拒絶できる事由として「ベトナム社会主義共和国の基本原則に反する場合」という広範な規定が含まれています。
【実務上のリスク】 過去には、この「基本原則違反」が拡大解釈され、外国仲裁判断の承認が拒否される事例が散見されました。近年、裁判所の運用は改善傾向にありますが、依然として不確実性は残ります。 したがって、M&A契約においては、仲裁地の選定(シンガポールが推奨されることが多い)だけでなく、万が一の執行リスクも見据えて、ベトナム国内法に精通した弁護士によるリーガルチェックが不可欠です。
■会計基準(国際財務報告基準コンバージェンス)
■会計基準
ベトナムの会計実務においては、長らくベトナム会計基準(VAS:Vietnam Accounting Standards)が適用されてきました。VASはIFRS(国際財務報告基準)をベースに作成されているものの、その制定は2001年から2005年にかけて行われたため内容が古く、現在のIFRSとは大きな乖離が存在します。 主な相違点として、VASでは「公正価値(Fair Value)」の概念が限定的であり、減損会計、複雑な金融商品、株式報酬などの規定が未整備であることが挙げられます。
しかし、2020年に財務省が承認した「IFRS適用ロードマップ(決定第345/QD-BTC)」により、状況は大きく変わりつつあります。
•フェーズ1(2022年〜2025年): 大規模な上場企業やFDI(外国直接投資)企業に対し、連結財務諸表へのIFRSの任意適用が認められました。
•フェーズ2(2025年以降): 一部の大規模公開企業や上場企業等に対し、連結財務諸表へのIFRS適用が強制される段階に入っています。
したがって、2026年現在、M&Aの対象企業が大規模上場企業や外資系企業であれば、IFRSベースの財務諸表が入手できる可能性があります。一方で、それ以外の中小・中堅企業は依然としてVAS(および通達200号/2014/TT-BTC)に基づく処理を行っており、日本基準やIFRSへの組替作業(コンバージョン)がデューデリジェンス上の課題となります。
■監査制度
ベトナム独立監査法(2011年)および関連法令により、以下の企業には独立監査法人による法定監査(年次監査)が義務付けられています。
1. 外資系企業(FDI企業)
2. 上場企業および公開会社
3. 国有企業
4. 金融機関(銀行・保険会社等)
[ 実務上の留意点:二重帳簿のリスク ]
上場企業や外資系企業に関しては、監査済財務諸表が整備されており、一定の信頼性は担保されています(ただし、監査法人の質にはバラつきがあります)。 一方で、M&Aの対象が「監査義務のないベトナム地場民間企業」である場合、注意が必要です。これらの企業では、税務申告用の財務諸表(利益を圧縮)と、経営管理用の帳簿(実態)を使い分ける、いわゆる「二重帳簿」が依然として慣習的に行われているケースがあります。
したがって、財務デューデリジェンスにおいては、提示された財務諸表が「監査済み」か「未監査」かを確認するだけでなく、税務リスクや簿外債務の精査、および収益認識の実態把握が極めて重要となります。監査済みの財務諸表が存在する場合でも、それが地場の中小監査法人によるものである場合、国際的な監査水準と比較して甘い可能性がある点も考慮すべきです。
■M&Aに関する税務
■資産取得と株式取得
ベトナムでは、外国法人は直接資産を所有することができません。 そのため外国投資家は、資産を所有するためにベトナムに事業体を所有しなければなりません。また、外国法人がベトナム事業体を所有している場合は、ベトナムの事業体が資産取得によって事業拡大を行うためにビジネスライセンスの更新が必要です。
ベトナム事業体の設立やビジネスライセンスの更新は、法的な手続 であり、多数の申請が必要となります。したがって、外国投資家が対 象企業の株式を購入するのが一般的です。
■資産取得
事業譲渡における資産評価額は、原則として売り手と買い手の双方の合意によって決定されます。ただし、親会社と子会社間など関連当事者間での取引となる場合、その譲渡価格は「独立企業間価格(Arm's Length Price)」でなければなりません。価格設定に恣意性があると判断された場合、移転価格税制(政令132/2020/ND-CP)に基づき、税務当局によって適正価格への更正処分を受けるリスクがあります。
資産の売却には、それぞれの品目やサービスに応じた付加価値税(VAT)が課されます(標準税率は10%)。また、資産の売り手である法人は、資産譲渡によって得た利益(譲渡益)をその他の所得と合算し、標準法人税率である20%の法人税(CIT)を納付する義務があります。
[のれん]
資産取得において、買収対価が取得した資産の公正価値の合計額を上回る場合、その超過額は「のれん(Goodwill)」として資産計上されます。 ベトナムの会計および税務規定(通達45/2013/TT-BTC)において、のれんは無形固定資産とは区別して管理され、最大10年間にわたって償却し、損金算入することが認められています。
[減価償却] 売り手から買い手へ移転した固定資産の減価償却費が、税務上の損金(法人税控除対象)として認められるためには、形式的要件と実質的要件の双方を満たす必要があります。 まず形式的要件として、資産取得は合法的な電子インボイス(e-Invoice)、およびそれを裏付ける補助ドキュメント(売買契約書、資産引渡書、検収書、銀行送金証明書など)によって実証されなければなりません。
また、取得した資産が「固定資産」として税務上認定されるためには、財務省通達(Circular 45/2013/TT-BTC)に基づき、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
• 資産の使用により将来的な経済的効果が見込まれること
• 使用期間(耐用年数)が1年以上であること
• 資産価値(取得原価)が3,000万ドン(約1,200米ドル相当)以上であること
売り手から購入した資産の取得原価は、実際の購入金額に加え、その資産を使用可能な状態にするために要した付随費用(輸入関税、運送費、荷役費、据付費、試運転費、登録料など)の合計額で構成されます。
減価償却を開始するために、事業主は資産の使用開始前に、適用する償却方法を管轄の税務局に通知する必要があります。認められている償却方法には、定額法、定率法、および生産高比例法(Units of production method)があります。一度届け出た償却方法は、固定資産の使用期間中、一貫して適用されなければなりません。
実務上、会計方針の変更や経営環境の変化により、登録した減価償却方法を変更する必要が生じるケースがあります。減価償却方法は使用期間中であっても変更可能ですが、その際は明確な変更理由を文書化し、新たな償却方法を適用する会計年度の前に税務局へ通知を行う必要があります。適切な通知なしに変更した場合、償却費が否認される可能性があるため注意が必要です。
新品・中古を問わず、固定資産の減価償却は、取得原価と法令で定められた耐用年数枠に基づいて行われます。 無形固定資産については、原則として20年を超える償却期間は認められません。ただし、土地使用権(LUR)については取り扱いが異なります。「期間の定めのある土地使用権(工業団地のリース期間など)」は契約期間に応じて償却・損金算入が可能ですが、「期間の定めのない(長期安定的な)土地使用権」は減価償却の対象とはならず、土地そのものの価値として計上され続けます。
[付加価値税(VAT)]
ベトナムにおいて、事業用資産の売却には、原則として付加価値税(VAT)が課されます。現在の付加価値税法では、0%、5%、10%の3つの税率が設定されており、標準税率は10%です(※経済対策による一時的な減税措置がある場合を除く)。
資産譲渡(Asset Deal)の際、売り手は買収価格にVATを上乗せした金額で「電子VATインボイス(e-Invoice)」を発行します。売り手にとって、このVATは「アウトプットVAT」となり、月次または四半期ベースで税務局へ申告・納付する必要があります。
一方、買い手が売り手に支払ったVATは「インプットVAT」として認識されます。買い手は、自身の事業で発生したアウトプットVATから、このインプットVATを控除(相殺)して納税額を計算します。かつてインプットVATの控除申告には6カ月という期限がありましたが、現在は撤廃されており、税務調査が実施される前であれば、期限の定めなく申告・控除が可能です。
また、買い手が新規プロジェクトとして事業を開始し、まだ売上が立っていない投資段階にある場合、設備投資等にかかったインプットVATの累積額が3億ドン(約11,800米ドル)以上に達すれば、国からVATの還付を受ける申請資格が得られます。
なお、以下のケースなどでは、例外的にVATの申告・納付が不要(対象外)とされています(Circular 219/2013/TT-BTC)。
• 事業を立ち上げるための資産による資本拠出
• 従属する組織間(親会社・支店間など)での資産移動
• 会社分割、合併、組織変更に伴う資産譲渡
[登録料(通称:印紙税)]
ベトナムには契約書自体に課税される一般的な「印紙税」はありませんが、特定の資産の所有権を移転・登録する際に「登録料(Registration Fee)」が課されます。対象となるのは主に、土地・家屋、自動車、船舶、航空機、猟銃などです。 資産譲渡(Asset Deal)により所有者が変更となる場合、新しい所有者(買い手)が登録料を負担します。税率は地域や資産の種類によって政令で定められており、主な税率は以下の通りです。
• 土地・家屋:0.5%
• 猟銃、スポーツ用銃:2%
• 自動車(10席以下): 初回登録時は10〜12%(地域による)。名義変更(中古譲渡)時は一律2%
• バイク: 1〜5%
登録料には上限が設けられており、いかなる高額な取引であっても、1つの資産につき支払額は5億ドン(約2万米ドル)を超えることはありません。ただし、10席以下の乗用車に関しては上限が適用されず、算定された料率全額を支払う必要があるため注意が必要です。 登録料は、申告・納付の期限として、権利移転の契約締結日から30日以内に手続きを行う必要があります。
________________________________________
■株式取得(Share Deal)
ベトナムの外資規制は、2020年投資法および2019年証券法の施行により大きく緩和されました。 かつては多くの分野で「外資上限49%」という規制が存在しましたが、現在は「ネガティブリスト方式」が採用されています。これは、国防安全保障にかかわる分野や、法令で明示的に制限されている「条件付き投資分野」を除き、原則として外国投資家による100%の株式取得が可能であることを意味します。
これにより、製造業、商社、コンサルティングなど多くの業種で完全子会社化が可能です。ただし、銀行業(原則30%上限)や通信、物流の一部など、依然として外資比率に制限(キャップ)が設けられている特定の重要分野も存在するため、事前の法規制確認が不可欠です。
[譲渡価額] 株式取得の際、契約上の譲渡価額は当事者間の合意により決定されますが、税務申告においては「市場価格(時価)」に基づいているかどうかが厳しく審査されます。 非上場企業の株式譲渡における「税務上の時価」は、一般的に譲渡直近の監査済み財務諸表上の純資産価額(簿価)、または第三者評価機関によるバリュエーションレポートの評価額を基準とします。 もし、合理的な理由なく市場価格よりも著しく低い価格(低廉譲渡)で取引を行ったと税務当局に判断された場合、税務管理法に基づき、当局が保有するデータベース等を基に譲渡価額を決定し、追徴課税を行う「みなし課税」の権限が行使される可能性があります。 したがって、第三者機関(会計事務所や鑑定会社)によって作成された企業価値評価レポート(Valuation Report)を取得し、譲渡価額の妥当性を客観的に証明できるように準備しておくことが、税務リスク管理上極めて重要です。
[ キャピタル・ゲイン課税(資本譲渡益税) ]
ベトナムにおけるM&A(株式・持分譲渡)の課税は、対象企業が「有限会社(LLC)」か「株式会社(JSC)」か、および売り手が「法人」か「個人」かによって税率や計算方法が異なります。
1. ベトナム法人(有限会社等)の持分譲渡の場合
外国法人がベトナム有限会社の出資持分を譲渡して得た利益(キャピタル・ゲイン)に対しては、法人所得税(CIT)20%が課されます。課税対象所得は、譲渡価額から取得費(出資額)および譲渡関連費用を控除したネットの金額です。
2. 株式会社(上場・未上場)の株式譲渡の場合
株式会社の株式譲渡は「証券譲渡」とみなされます。
外国法人(売り手)の場合: キャピタル・ゲインの有無にかかわらず、譲渡価額(売却総額)に対して0.1%の法人所得税が課されます(みなし課税)。
個人(売り手)の場合: 居住者・非居住者を問わず、譲渡価額(売却総額)に対して0.1%の個人所得税が課されます。
【重要:個人の有限会社持分譲渡に関する特則】
対象企業が株式会社(JSC)ではなく有限会社(LLC)であり、その出資持分を個人が譲渡する場合は扱いが大きく異なります。この場合、0.1%のみなし課税は適用されず、譲渡益(譲渡価額 - 取得費 - 譲渡費用)に対して20%の個人所得税が課されます。法人の形態によって個人の税負担が劇的に変わるため、スキーム検討時には注意が必要です。
3. 租税条約
日本・ベトナム間の二重課税防止条約(租税条約)に基づき、特定の要件を満たす場合(例:事業譲渡に該当しない、不動産保有比率が低い等)は、ベトナムでの課税が免除される可能性があります。ただし、適用には事前の届出と慎重な判断が必要です。
4. 納税実務
• 源泉徴収: 証券取引所を通じた上場株式の売却については、証券会社や保管銀行が源泉徴収を行います。未上場株式や有限会社持分の相対取引の場合は、買い手(ベトナム法人等)が源泉徴収義務を負うケースや、売り手が直接申告するケースがあります。
• 申告・納税期限: 原則として、譲渡契約の発効日または納税義務発生日から10日以内に税務申告および納税を行う必要があります(税務管理法)。
[ 未払税金と税務保証(Tax Indemnities and Warranties) ]
株式譲渡の場合、対象会社(ターゲット企業)の法人格は維持されるため、過去の未払税金や潜在的な税務債務は、取引後もそのまま対象会社に残ります(実質的に買い手が引き継ぐことになります)。
そのため、買い手は税務デューデリジェンス(DD)を通じて過去のコンプライアンス状況を精査することが不可欠です。発見されたリスクについては、表明保証条項違反時の補償や、特別補償条項としてM&A最終契約書(SPA)に盛り込み、偶発債務のリスクを遮断することが強く推奨されます。
[ 繰越欠損金 ]
ターゲット企業の税務上の欠損金は、取引後も引き継ぐことが可能です。
• 相殺ルール: 取引前に発生した欠損金は、取引後の会社の課税所得と相殺できます。
• 期限: 欠損金は、発生した年の翌年から最長5年間繰り越すことができます。
• 留意点: 繰越欠損金の額は企業が申告した数値ですが、最終的には税務調査によって確定します。税務当局による否認リスクがあるため、DDでの確認が必要です。
[ 売却前配当 ]
法人株主への配当は非課税であるため、売却前にターゲット企業から配当を実施し、その分だけ株式価値(譲渡価額)を引き下げるスキームが検討されることがあります。
• メリット: 譲渡益(課税対象)を圧縮し、非課税の配当として資金回収することで、全体の税コストを抑制できる可能性があります。
• 個人株主の場合: 個人の配当所得には5%の個人所得税が課されるため、効果は限定的です。
[ 印紙税・登録免許税 ]
現在、ベトナムにおいて株式や出資持分の譲渡契約書自体に対する印紙税は存在しません。また、株式の名義書換に関する登録免許税も課されません。
[ 本国への利益送金 ]
外資系企業が利益(配当)を海外へ送金するためには、以下の条件を満たす必要があります。
1. 各会計年度の監査済み財務諸表が完了していること。
2. 法人所得税の確定申告および納税義務を完了していること。
3. 累積損失が存在しないこと(単年度黒字でも、累積赤字がある場合は送金不可)。
送金手続きとしては、送金予定日の7営業日前までに、管轄税務署へ「利益送金通知書」を提出する必要があります。納税証明書の物理的な提示が必須ではない場合もありますが、税務当局が納税完了を確認できる状態であることが前提です。
[ 法人所得税の計算(有限会社持分譲渡のケース) ]
日本法人(海外法人)がベトナム有限会社の出資持分(Capital Contribution)を譲渡する場合、以下の計算式に基づいて法人所得税が課されます。
法人所得税額 = (譲渡価額 - 取得価格 - 譲渡費用)×20%
※売り手が条約非締結国の法人等の場合など、一般的な税率。
• 譲渡価額: 譲渡契約書上の金額です。ただし、この金額が市場価格と比べて著しく低い(不当な低廉譲渡)と税務当局に判断された場合、当局がみなし譲渡価額を決定する権限を有します。リスク回避のため、第三者評価機関による評価レポートの取得が望まれます。
• 取得価格(購入価格):
o 設立時の出資者の場合:出資時点での払込金額。
o 過去に買収した場合:その際の譲渡契約上の購入金額。
• 譲渡費用: 譲渡に直接関連する法的費用、手数料等(証憑が必要)。
外貨記帳と為替差益について
• 外貨記帳の場合: 財務省の承認を得て外貨で会計帳簿を記録している企業の場合、外貨ベースで利益を計算します。
• VND(ベトナムドン)記帳の場合: 取引が外貨建てであっても、税務計算上は「譲渡時のレート」と「出資(取得)時のレート」を用いてVNDに換算して計算します。
o 重要:外貨ベースでは利益が出ていなくても、VND安(外貨高)が進んでいる場合、VND換算では多額の為替差益(キャピタル・ゲイン)が生じ、課税対象となるケースが頻発するため注意が必要です。
M&Aスキームの基本
■外国投資家がベトナム企業へ投資する形態
ベトナムにおいてM&Aを行う手法は、対象となるベトナム企業が「株式会社(JSC)」か「有限会社(LLC)」かによって、そのプロセスや法的要件が大きく異なります。
まず、株式会社の場合は、株式の譲渡(Share Transfer)や新株引受(Subscription)が主な手法です。かつては法整備が曖昧でしたが、現在の企業法下では、既存株主からの譲渡だけでなく、第三者割当増資(Private Placement)や合併(Merger)に関する規定も整備されており、実務上も頻繁に利用されています。
有限会社の場合は、出資持分(Contributed Capital)を取得する方法が一般的です。事業譲渡や合併という手法も法的には可能ですが、許認可手続きや税務処理が複雑であるため、実務上は持分取得が選択されるケースが大半です。
[ M&Aにおける許認可プロセス(M&A承認) ]
現在、外国投資家がベトナム企業の株式や持分を取得する場合、多くのケースで以下の「2段階プロセス」が必要となります。
1. M&A承認の取得(M&A Approval): 外国投資家が対象企業の株式・持分を取得することで、外国人保有比率が50%を超える場合、または対象企業が条件付き投資分野(不動産、物流、小売等)に従事している場合は、事前に管轄の計画投資局(DPI)へ登録申請を行い、「出資・株式取得に関する承認通知(M&A承認)」を取得しなければなりません。
2. 企業登録証明書(ERC)の変更: 上記の承認を得た後、企業の基本情報を記載した「企業登録証明書(ERC)」の株主・社員名簿を書き換える手続きを行います。
なお、かつて存在した「投資許可証は、現在は「投資登録証明書(IRC)」と「企業登録証明書(ERC)」に分離されています。純粋な株式譲渡(M&A)のみであれば、プロジェクトの内容変更を伴わない限り、IRCの書き換えは不要であるケースが一般的です。
[ 資本金の払込期限に関する注意点 ]
新規設立(Asset Deal等で新会社を作る場合)において、外国投資家の資本金払込期限は、企業登録証明書(ERC)の発行日から90日以内と法令で厳格に定められています(企業法)。 かつては「1年以内」という規定が存在しましたが、現在は適用されません。90日を過ぎると過料の対象となるだけでなく、未払込分の議決権や配当権が認められないため、資金移動のスケジュール管理は極めて重要です。
________________________________________
■ 株式会社(JSC)のM&Aプロセス
[ 上場・未上場公開企業(Public Company)の場合 ]
公開企業(証券取引所への上場企業、または資本金300億ドン以上かつ株主100名以上の企業等)を対象とする場合、証券法および証券市場の規制に従う必要があります。
1. 証券取引コードの取得: 外国人投資家は、証券保管センター(VSD)から取引コードを取得する必要があります。
2. 間接投資資本口座の開設: ベトナム国内の銀行にて、ベトナムドン建ての「間接投資資本口座(IICA)」を開設します。株式取得代金の送金および配当の受け取りは、原則としてこの口座を通じて行わなければなりません。
3. 公開買付(Tender Offer)の要否検討: 以下のいずれかに該当する場合、原則として公開買付が必要です。
o 議決権付株式の25%以上を購入する場合
o 主要株主がさらに株式を買い増し、特定比率(35%、45%など)を超える場合
o ただし、株主総会の決議によって公開買付の免除が承認された場合は、相対取引(Put-through)等での取得が可能です。
4. 報告義務:
o 5%以上の議決権付株式を保有して「主要株主」となった場合、または主要株主の保有比率が1%以上変動した場合は、取引完了日から所定の期限内(通常5営業日または7営業日)に国家証券委員会(SSC)および証券取引所へ報告義務があります。
[ 非公開企業(Private Company)の場合 ]
非公開の株式会社の場合、手続きは証券法ではなく主に企業法および投資法に従います。
1. M&A承認の取得(DPI): 外資比率や業種要件に基づき、必要であれば取得します。
2. IICA口座の開設: 非居住者である外国投資家は、決済のためにIICA口座の開設が必要です。
3. 株主名簿の書換とERCの変更: 譲渡完了後、会社内部の株主名簿を書き換え、外国人株主に関しては当局へ通知または登録を行います。
________________________________________
■ 有限会社(LLC)のM&Aプロセス
有限会社のM&Aは、株式ではなく「出資持分(Contributed Capital)」の譲渡となります。
[ 二人以上有限会社の持分取得 ] 既存の社員(出資者)から持分を譲り受けるか、増資を引き受けて新たな社員となる形です。
1. 優先引受権の確認: 既存社員は、持分譲渡に際して先買権を持つため、まず既存社員に対して譲渡のオファーを出し、彼らが購入しない場合に限り、外国投資家へ譲渡が可能となります。
2. M&A承認の取得(DPI): 前述の通り、外国人比率や業種に応じて計画投資局の承認を得ます。
3. 社員総会の承認と登録変更: 社員総会での承認を経て、管轄当局にて社員変更の登記(ERCの変更)を行います。
[ 一人有限会社への出資・持分取得 ]
1. 持分の全部(100%)を取得する場合: 会社の所有者(オーナー)が交代することになります。組織形態は一人有限会社のまま維持されます。
2. 持分の一部を取得する場合: 所有者が複数になるため、会社形態を「一人有限会社」から「二人以上有限会社」へ組織変更(Conversion)する必要があります。この際、新しい定款の作成や企業登録証の書き換えが同時に行われます。
【申請に必要な主な書類(有限会社の例)】
M&A承認およびその後の企業登録変更(ERC変更)において、一般的に以下の書類が必要となります。
• 登録変更申請書
• 譲渡契約書および譲渡完了証明書
• 対象企業の社員総会議事録および決定書
o ※株式会社の場合は「取締役会議事録」ではなく「株主総会議事録」が必要なケースが大半です。有限会社では「社員総会」となります。
• 投資家(買い手)の法的書類(日本の登記簿謄本、定款等の公証・領事認証済み写し)
• 投資家(買い手)の代表者のパスポート写し
• (場合により)投資対象企業の直近の監査済み財務諸表
これらの手続きは、管轄する省・市の計画投資局(DPI)によって運用上の細則(ローカルルール)が異なる場合があるため、事前の確認が不可欠です。
参考文献
•VietnamLaws
LawonInvestment(投資法)
•KPMG‘TaxationofCross-BorderMergers&Acquisitions,Vietnam’
・株式会社レコフ「M&A専門誌MARR」
・プライスウォーターハウスクーパース株式会社、税理士法人プライスウォーターハウスクーパース編著『アジアM&Aガイドブック』中央経済社
・経済産業省 M&A online「我が国企業による海外 M&A 研究会」
Q&A
■Q 実際に、M&Aの検討~買収まではどのくらい時間がかかるのか?
■A 場合によって、街々ですが、案件検討~買収決定まで6カ月~1年くらいが目安です。
■Q 実際に、M&Aを実行するときは、誰に相談すればいいのか?
■A 貴社の状況によって銀行なのか、仲介会社なのか、会計監査法人なのか等検討するのが良いです。
■Q 実際に会社を買う場合に、特に何を注意しなければならないのか。
■A 表面的な財務情報で買収の話を進めないことです。事前調査(DD:ドューディリジェンス)をしっかり行った上で買収をすることが賢明です。買収価格がそれほど高くない場合であっても、時間を設けて、事前調査(DD:ドューディリジェンス)を行い、買収価格を超える損失を被るリスクを回避するべきです。
■Q 実際に会社を売る場合に、特に何を注意しなければならないのか。
■A アドバイザーの選定が必要です。おそらく企業のオーナーにとって、M&Aは初めてというケースが多いでしょう。売却のプロセスのすべてに時間を費やすことは難しいと思いますので、お客様の希望に親身に対応してくれる信頼のおけるアドバイザーを用意するのが賢明です。
■Q M&Aの検討を進めるには、社内でどのようなメンバーが必要になってくるのか。
■A 主要メンバーには3~5名程度をアサインします。特に社内の意思決定者と頻繁に連絡を取れるようしておくのが良いです。社内のメンバー構成としては、部門の責任者が集まるのがいろいろな視点から買収を検討できるのでバランスが良いです。しかし、場面ごとで誰をメインにアサインするかはケースバイケースとなります。例えば、財務や法務、労務等の管理面の調整になると管理部門スタッフをメインでアサインすることがあります。またM&A後の実際のイメージをしやすいようにしたいのであれば、現場の人間をメインにアサインすることも考えられるでしょう。